2009年型グラントゥーリズモSの中古車を買うならトランスミッションはATか、それともシーケンシャルか? 「エンジン蔵出し記事」で当時の評価をチェックする!
これが華麗なるイタリアンGTの世界だ!
雑誌『エンジン』の貴重なアーカイブ記事を厳選してお送りしている人気企画の「蔵出しシリーズ」。今回は、2009年10月号に掲載された2台のマセラティ・グラントゥーリズモSのリポートを取り上げる。フェラーリ、アルファロメオとならぶイタリアンGTの雄と言えば、モデナの名門、マセラティを忘れるわけにはいかない。新たにオートマティックが上陸したのを機に、シーケンシャルと合わせて2台のグラントゥーリズモSを乗り較べた。 【写真12枚】ATとシーケンシャル、2つのトランスミッションが選べたグラントゥーリズモS ガラッと趣きが異なる室内を写真で見る ◆ATは「堕落」なのか? グラントゥーリズモSにオートマティックが追加されると聞いた時には、正直言って耳を疑った。ATだったら4.2リッターV8を搭載するノーマルのグラントゥーリズモがあるではないか。それなのに、なぜ4.7リッターV8を積む過激なスポーツ仕様のSにまでAT版を用意しなければならないのか。Sにはダイレクトな6段シーケンシャル・マニュアルこそがふさわしい。ATは堕落だ。 今回、実際に2台を乗り較べてみるまで、偏狭な私は、ずっとそう思い続けていたのである。 だが、試乗を終えた今、そんな私の考えは世間知らず、いや、華麗なるイタリアンGTの世界知らずのものであったことを認めなければならない。好みの問題はともかく、この2台はそれぞれが独自の世界を持ち、どちらをとってもイタリアンGTを代表する存在であるのは間違いない。しかし、どちらかと言うと、むしろオートマティックの方が、華麗なるイタリアンGTと呼ぶにふさわしいのではないか。そう考えるに至った。 ◆感触の化け物 新しいグラントゥーリズモSオートマティックは、ひとことで言えば、最高性能のスポーツカーを最大限ラグジュアリーに乗ろうという、極めて邪な発想から生まれたGTカーだ。その結果、生まれたのは、“感触の化け物”としか言いようのないような、独特の乗り物だった。 そもそも、ブル・オチェアーノ、すなわち海の青と名付けられたボディ・カラーを持つ試乗車のドアを開けた途端に眼前に開けたサビア、すなわち砂浜の色を持つレザーの内装に度肝を抜かれた。眩しいくらいに美しすぎて、ちょっと汚い手で触ったらすぐに汚れてしまいそうで恐い。 勇気を振り起こして乗り込み、運転席につくと、ステアリングはウッドで、10時10分の位置から下半分の内側に内装と同じサビアのレザーが貼られている。その触り心地は独特だ。なにしろ、ツルツルのウッドときめ細かい女性の肌のようなレザーの感触が、常に同時に手のひらに伝わってくるのだから。 しかも、困ったことに、そのステアリングの操舵感ときたら、まるでオモチャのクルマのように軽いのである。そのくせ遊びは極度に少なく、切り始めからいきなりキュッと切れるから、決して強く握っていてはいけない。あくまで軽く、手のひらがステアリングの表面に触るか触らないかくらいの微妙な握り方をしていなかったら、このクルマをうまく御することなどかなわないのだ。で、そうしていると手のひらの感覚が異様に研ぎ澄まされてきて、なんだかエロティックな気分になってくる。 たとえばこれがもう1台のシーケンシャル仕様の試乗車だと、アルカンタラとシボのついた黒いレザーの組み合わせのステアリングは、手のひらに吸いつくようになじむし、操舵感もグッと重い味付けになっているから、そんな妙な気分になることなく運転に集中できる。ステアリング・ポストからはレーシング・カーみたいな巨大なパドルが生えていて、自らが走りのクルマであることを声高に主張しているかのようだ。 一方、オートマティックのパドルはと言えば、ずっと小さく華奢だ。しかも裏側には触り心地のよいフェルトのような布が貼られていて、シフトするたびにドライバーは不思議な感触を味わうことになるのだ。 ◆危ういまでの軽やかさ 乗り味も意外なくらい違っていた。常識的に考えれば、よりスポーツ志向の高いシーケンシャルは軽快でスポーティ、ラグジュアリー志向の強いATはやや重厚で安定感のある走りになっていると想像されるだろうが、実際に乗り較べた結果は、むしろ逆だ。シーケンシャルの方が、ドイツ車ほどではないけれど、それでも明らかに重厚な味付けになっている。すべての操作系がそれなりの手応えを持っていて、走っていてクルマの状態がわかり易いし、ある意味安全に飛ばせる感じが伝わってくる。 足回りはどちらもかなり硬めの設定だが、オートマティックには可変ダンパーのスカイフックが標準装備されているから、乗り心地は当然、そちらの方がいい。しかし、そんなこととは別に、オートマティックの乗り味は、ノーマル・モードでもスポーツ・モードでも軽快そのもので、極端に言えば危ういまでの軽やかさが支配している。直線を飛ばすにも、ステアリングを握りしめるような野暮なマネは御法度だ。間違ってどこに飛んで行ってしまうかわからない。手のひらでウッドとレザーの感触を慈しみ、楽しむようにステアリングを軽く包み込み、同じく軽い感触のアクセレレーターに神経を集中させてデリケートに踏み込みながら、道路の表層を滑るように軽やかに疾走する。そんな走り方こそがこの感触の化け物にはふさわしいと、私には感じられたのである。 ◆贅沢のきわみ もうひとつの大きな違いは、音だ。シーケンシャルは、ステアリング脇のダッシュボードに設けられたボタンを押してスポーツ・モードをオンにした瞬間から、4.7リッターV8の排気音が爆音モードに切り替わり、アクセレレーターを踏み込むたびに、まるで猛り狂ったかのような雄叫びを上げ続けるようになる。そして、アクセレレーターを戻すと、今度はボッボッボッとむずがるような音を立てるのである。 一方、オートマティックにも同じボタンがあるが、押しても最初は違いがわからないくらい控え目だ。アクセレレーターを全開にすると3000回転を超えたあたりから音が変化するのがわかるが、それでも外はともかく室内にまで爆音が響きわたることはない。そんな野蛮な音より、もっと繊細な感触を楽しめ、というように平然としながら、それでいてシフト・ダウンの時には、ATのくせにしっかりとブリッピングの音を室内に響かせるのだ。 正直に言って、どちらが好きかと言われたら今でも圧倒的にシーケンシャルを支持する。明らかなスポーツ志向は誰にもわかりやすく、あたり一面に響きわたる爆音を聞いていると、これぞイタリアンGTと言いたくなる。だが、本当にそうか。スポーティなのにラグジュアリー志向で、感触の化け物のようなデリケートさを持ち、危ういまでの軽やかな走りでドライバーを挑発し続けるオートマティックこそ贅沢のきわみ、華麗なるイタリアンGTなのではないか。それが今回の結論である。 文=村上政(ENGINE編集部) 写真=望月浩彦 (ENGINE2009年10月号)
ENGINE編集部
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