「会社は閉じてもいい、でも…」 厳しい価格競争の中でいなくなった職人 赤字覚悟で人気の伝統工芸を支える社長の思い
長野県の特産品・木曽漆器
長野県塩尻市贄川の木製品企画販売「酒井産業」が、ヒノキの木地に「すり漆」を施した箸の生産を維持しようと、下請けに出していた塗りの作業を内製化した。木曽地方で「木曽ひのき箸」の名前で土産物などとして親しまれている箸だが、安価なため十分な工賃を得られず、塗り手は年々減少。同社が塗りを依頼していた職人も減り、昨年秋に最後の一人が辞めたのを機に自社で塗ることにした。内製化には、特産の伝統工芸を維持しようとの強い思いが背景にある。 【写真】木目が透ける素朴な風合い…すり漆の技法で塗った箸
すり漆は、漆を塗っては拭き、塗っては拭くを繰り返す技法。木目が透ける素朴な風合いに人気がある。木曽漆器産地の同市楢川地区では、漆器卸問屋がそれぞれ抱える職人に下請けに出している。同地区などに職人は複数いるとみられるが、総数ははっきりしない。
価格競争激しく値上げ困難
同社によると、ヒノキのすり漆の箸は1膳200~300円で販売されている。だが材料費や工賃を踏まえた適正価格は同600円ほど。職人への支払いを増やすため販売価格を上げたくても、木曽谷だけで年間何十万膳も生産されるため競争が激しく、値上げは困難な状況が続いてきたという。
社内に作業場設け、パート募集
同社は昨年秋、社内に作業場を設け、パート従業員を新たに募集。現在は20~80代の男女5人が交代で生産を続ける。1人が箸8本を束にしてはけで漆を塗り、机で転がして漆をなじませる。この束を受け取った1人が専用の紙で丁寧に漆を拭き取り、乾かす。この作業を4回繰り返す。
始まりは旧満州からの引き揚げ
酒井慶太郎社長(56)は数年前、戦後に旧満州(中国東北部)から木曽に引き揚げた人たちが、貧しい生活の足しにしようとヒノキの箸の生産を始めた―と木地の仕入れ先から教わった。山仕事の際に持ち帰ったヒノキの切り株の一部を使っていたという。「そういう歴史を後世に語り継ぐ必要もあると思った」と赤字覚悟で生産を維持しようと考えた理由を話す。
適正価格への願い「それまで頑張る」
酒井社長は今後、少なくとも楢川地区内では職人はいなくなると予想。価格競争が収まった段階で、適正価格にして職人への支払いを増やせば塗り手も増えてくると期待する。「それまで頑張り、値段を上げた状態で仕事を出せるようになれば、うちは閉じればいい」と話している。