田中希実がトラック種目の先に見据えるマラソン出場。父と積み上げた逆算の発想「まだマラソンをやるのは早い」
マラソン出場を目指す過程でトラック種目が速くなった
――他種目への挑戦ありきではなく、世界と戦うために理に適ったトレーニングを追求されてきたのですね。過酷な練習を積んでこられたそうですが、従来の枠にとらわれないやり方が希実選手に合っていたということもあるのでしょうか? 田中:そうですね。希実が小学校の時から中学校にかけて、家内と「(希実は)スピードがないけれど、同じペースで走り続ける能力はあるよね」と話していたんです。それで、当初は「トラックの種目はある程度のところまでしかいけないだろう。将来的に世界で通用するとしたらマラソンしかないんじゃないか」と考えていたんです。そのためにも「早い段階でマラソンをやらせたほうがいいのではないか」と以前は思っていたんですが、違う距離から丁寧に取り組んで、できないことを潰していこうと取り組んだら、結果的にトラック種目がすごく速くなったという感じなんです。 ――「一度トライしようと思うと、それが実現するまでチャレンジする」希実さんの粘り強さと勝負へのこだわりがあったからこそですね。4種目で日本新記録を塗り替える快挙は、本当にすごいです。 田中:それぞれの種目の走り方を習得できれば、いろいろな距離に意識的に応用できるようになります。例えば、去年の5000mで出した日本記録(14分29秒18)は、400mのラップを1周69秒ぐらいで走って出したのですが、そのスピードを10000mに置き換えて、1周72秒ペースで走ることができれば、「1周あたり3秒ペースを落としても日本記録(30:20:44/新谷仁美)を超えることができる」という、逆の発想ができるわけです。そうすると、10000mでも世界大会が視野に入ってくる。今はまだそこまで本格的にやってはいないんですけれどね。ただ、段階を踏んで「そろそろ10000mも始めようか」という話もできるし、それができたら、いよいよマラソンにも意識が向くと思います。5000m以上は走れないんじゃないか、と思われる方も多いと思いますが、私としては「まだそこまでしかやらせていない」という感覚なんです。 ――それは楽しみです。健智さんは市民ランナーである奥様をサポートしながら、北海道マラソンで2度の優勝に導かれていますし、希実さんも初挑戦であっと驚くような結果を見せてくれそうな期待感があります。マラソンはどのぐらいのタイミングでチャレンジしようと考えているのですか? 田中:慌てて取り組む必要はないと思っています。というのも、女子のマラソンの世界記録は、2時間11分53秒という、少し前なら日本の男子の優勝タイムになるような記録も出ているぐらい、レベルアップしているからです。5000mを15分前後のペースで走れる選手がたくさん出てきているということなので、まずスピードを磨かなければ、まったく違う世界のレースになってしまう。そう考えると、まずはトラックの種目で世界の選手と対等に戦える力を引き出してから、着実に距離を伸ばしていく方が現実的です。「マラソンなら、スピードがなくても世界大会に出られる」という発想ではなく、「マラソンで、世界で勝つためにはどうすればいいか」と考えて、今はトラック種目に取り組んでいます。 それと、マラソンに出場するには、まだ精神的な面で成熟していないと思っています。今はレースによって浮き沈みがあって、一つの躓(つまず)きで大きく影を落とすことがあるからです。私と家内はマラソンは、競技力以上に性格が結果に出てしまうスポーツだと考えています。だからこそ、自分をさらけ出しながら走って、結果が伴わなかった時の自分を否定された感覚は計り知れないものがあります。否定された時にどう切り替えて立ち向かうか、という部分が成熟しないとやらせられない。実際、日々トラック種目と一生懸命に向き合っている今は、「まだマラソンをやるのは早い」ということだと思うので、あと数年はやるべきではないかなと考えています。 ※連載後編は2月8日(木)に公開予定 <了>