田中希実がトラック種目の先に見据えるマラソン出場。父と積み上げた逆算の発想「まだマラソンをやるのは早い」
東京五輪で感じた「ラストの差」を埋めるために
――希実選手は常に「世界で戦える選手になりたい」と話していますが、各種目のレースに出場する際、目標設定においてどのようなことを大事にされているのですか? 田中:例えば、オリンピックやマラソンに出場する選手が「メダルを目指します」という目標はよく聞きますが、「メダルを取るためにどうするか」という部分が抜け落ちている場合は「目標」とは言えないと思います。例えば、長距離種目なら最後の一周、マラソンならラスト1キロとか、ラストスパートをかける最後の最後まで先頭集団についていけないとメダルは狙えないし、世界はその勝負どころで動いてくる。その位置にいなければ、「入賞」や「メダル」という目標は口にできません。だから、どの種目でも最後の段階での「よーいどん」まで残ることを一番大事にしています。その上で、そこから先のラストで通用しなかったら、次はそこで通用するように取り組もう、と。 ――世界大会での感覚を具体的にトレーニングに落とし込んで積み重ねてきたことが、希実さんのラストスパートの強さにつながっているのですね。 田中:そうですね。2019年にドーハで行われた世界陸上の5000mに出場した時は、予選で自己ベストを出して、決勝でもベストは出たんですけど、結果は15人中14位で終わりました。その時は全然、ラストに残れていなくて、それまでに振るい落とされていたんです。「その差をどう埋めていけばいいんだろう?」と考えて、「もう一度、1500mをしっかりやろう」と取り組みました。その結果、東京五輪は先に1500mで結果(8位で日本人初の入賞)が出たんです。1500mの予選と準決勝で、日本記録と自己ベストを更新しながら先頭に立ってレースを進めることはできたのですが、最後の最後でかわされて順位を落としたんです。その後の決勝も、結果的に8位入賞できたんですが、ラストスパートまでは5、6番手で走っていた中で、最後の直線の50mで順位を落としてしまった。だから、その差を埋めるために次は800mに取り組むというように、「最後の局面でどこの部分が足りないか」ということを切り取って強化してきました。 それで、800mが走れるようになったら今度は距離を伸ばして1500mに置き換えて、1500mで走れたら3000m、3000mができたら5000m、というふうにトレーニングに落とし込んで、それを丁寧にやってきたんです。世界のトップレベルで考えた時には、得意な種目で勝負することが一般的ですが、私たちが5000mのラスト800mで世界と互角に戦える力をつけようと思えば、800mで日本のトップにいないと厳しい。それが見えたからこそ、こういうやり方をしてきました。だから、全部を走れないと世界では通用しないと思っています。