「5番、ピッチャー、大谷」は、また見れる?
4回を投げ終えて戻ったベンチで大谷翔平は、栗山英樹監督から降板を命じられた。 「次の回からはライトに行くと言われました」 投手・大谷は、計81球を投げて被安打4、自責点3に終わった。ストレートの威力は十分だった。初回の3番丸佳浩に投じた初球が157kmをマークするなど、150km超のボールを連発。しかしながら、ランナーを出すと制球を乱す悪癖が顔をのぞかせる。クイックやけん制球に神経が割かれるあまりに、打者に集中できない。三回裏には2つの四球と死球で一死満塁のピンチを自ら招き、内野ゴロの併殺崩れと野選でやらずもがなの2点を失った。 先発の役割を果たしたとは言えなかった。ただし、それは降板であって交代ではなかった。 五回表から登板した広島東洋カープの二番手、小野淳平が制球に苦しむ。四球、四球、死球とまさかの大乱調で無死満塁となって、5番・大谷に打順が回ってきた。広島ベンチは左腕・久本祐一をワンポイントに送った。左対左。日本ハムベンチは微動だにしなかった。当然とばかりに、栗山監督が力を込める。 「3割を打っているウチのクリーンアップ打者ですから」 先発投手・大谷は、打の人に役割が変わっていた。投げて打つ。「二刀流」の本分が試される絶好の場面で、大谷は初球から積極的にボールに食らいつく。執念が乗り移った大谷の打球が、前進守備のショート安部友裕のグラブを弾いた。安部はホームへの送球をあきらめ、大谷を間一髪でアウトにするしか選択肢がなかった。3対4。もぎ取ったという表現がふさわしい大谷の一打が、貴重な勝ち越し点を生む。 「前に飛ばせば何かが起きる、と思ってバットを振りました」 そのまま5回も続投すれば、大谷は勝ち投手の権利を手にすることになる。「二刀流」で、勝利投手&勝利打点となれば夢のような物語である。 実は、栗山監督は、続投か降板かに迷っていた。「あのピッチング内容で勝ったら翔平のためにならない。いいボールを投げるのと、勝つということは違う。アイツにはもっと高みを目指してほしい、というメッセージを伝えたつもりです。鬼みたいな采配だったし、私は一生忘れられないと思う。アイツにも『一生忘れるな』と言っておきました」 栗山監督らしいメッセージである。指揮官は、大谷をそのままライトのポジションを守らせた。 試合終了後に右肩をアイシングしながらベンチ裏での囲み取材に応じた大谷は満足そうだった。 「最低限、試合を作れるピッチャーにならないと。五回もいくかなと思ったけど、リリーフの方々が安定しているのがウチの強み。外野には外野の仕事があるし、ライトで集中力を切らすことなく仕事を全うしようと思いました。打者としても、例えばあの満塁の場面で粘って甘いタマを待って、長打を打てばもっと信頼される。ま課題をひとつひとつクリアしてきたいけど、今日は楽しかったです」 歴史的とも言える「5番、ピッチャー、大谷」の場内アナウンスに歓声が沸いた。 栗山監督は「投手・大谷」の先発を決める一方で、「打者・大谷」の扱いに迷っていた。18歳の高卒ルーキーにかかるプレッシャーや負担を考えれば、もちろん下位打線に置きたい。しかし、プレーボール前の時点で打率3割を打ち、22本の安打のうち11本が二塁打という内容をも考えれば、4番の中田翔を稲葉篤紀との2人の左打者で挟むクリーンアップは理想的だ。弾き出された「5番ピッチャー大谷」には、日に日に膨らむ「打者・大谷」への信頼感が込められている。