なんと、100万匹に「たった1匹の超レア」個体…孤独のジェレミーを見舞った悲劇の中身「反対巻きとは交尾できない」
種の起源や進化、繁殖、生物多様性などについて研究を行う「進化生物学」。気の遠くなるような長大な時間の経過のなかで、今日の多様な生物世界にいたるまでのさまざまな変化を読み解く、興味深い学問です。 【画像】ヒメリンゴマイマイの産卵と卵、そして巻き方はどう遺伝していくのか… そうした「進化生物学」の醍醐味を描いた一連のエッセイ的な作品をご紹介していきましょう。 今回は、右巻きが普通のヒメリンゴマイマイ(ガーデン・スネイル)のなかで、およそ100万匹に1匹という確率でしか出現しない「孤独なガーデン・スネイル」の物語をご紹介します。なぜ彼が孤独なのか、それは彼らの交尾行動に秘密がありました。 *本記事は、ブルーバックス『進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語』を再構成・再編集してお届けします。
孤独なカタツムリの物語
「たいがいのことはそれなりだけど、これだけは悲しすぎる。愛を奪われた僕は、まんじりともせず夜を明かしたよ。そしてわかったんだ。何かがライト(right)じゃないって」 “僕”の名前はジェレミー(Jeremy)。そしてこれは、シカゴ在住のアーティスト、リディア・ヒラー(Lydia Hiller)作詞作曲、『悲しいジェレミーに捧げるバラード』の一節を訳したものだ。 歌詞は、さらにこう続く。 「その何かって、僕の殻が左巻きってことなんだ」 “僕”ジェレミーは、カタツムリなのである。 ことの始まりは2016年秋のこと。10月半ばの金曜日の朝、英国ノッティンガム大学の広報室が、奇妙な報道発表を行った。それは市民に向けた、こんな呼びかけだった。 「孤独な左巻きのカタツムリが、愛と遺伝学のため、お相手を探しています」 恋人を募集しているのは、ジェレミーと名付けられた直径3センチほどの茶色のカタツムリ。食用になるエスカルゴの一種、ヒメリンゴマイマイであった。この種は英国ではガーデン・スネイルと呼ばれ、英国はもとより、ヨーロッパで普通に見られるカタツムリだ。 ただし、ジェレミーは普通でない特徴を持っていた。殻が左巻きなのである。ヒメリンゴマイマイは普通右巻きだが、100万匹に1匹の確率で、左巻きが見つかる。ジェレミーはそんな超レアなカタツムリなのだ。 「私たちは、ジェレミーのお相手として、他にも左巻きのガーデン・スネイルがどこかにいないか探しているのです」 ノッティンガム大学広報室は、ジェレミーの恋人募集の理由と意義を、その報道発表の中でこう解説した。 ---------- 左巻きのカタツムリは、右巻きのカタツムリと体の作りが全て左右逆転しています。ガーデン・スネイルの場合、体の左右が逆の相手とは、交尾ができないのです。だからここに一匹しかいない左巻きのジェレミーは、誰とも交尾ができず、子供ができません。 しかし、もし他に左巻きのガーデン・スネイルが見つかれば、それと交尾ができて子供が生まれるでしょう。左巻きの子孫ができて、左巻きの系統が確立できれば、それを使って殻の巻き方が決まる遺伝的な仕組みを解明できるのです。これは巻貝だけでなく、人間の体の左右を決める仕組みとその進化を知ることにもつながります。 ----------