宅配業者を装った男がグサリ! 犯人を追い詰めたのは「防犯カメラ」と刑事の足だった
---------- 30年を超える記者生活で警察庁・警視庁・大阪府警をはじめ全国の警察に深い人脈を築き、重大事件を追ってきた記者・甲斐竜一朗が明らかにする刑事捜査の最前線。最新著書『刑事捜査の最前線』より一部を連載形式で紹介! ---------- 警視庁の重要犯罪が検挙率100%超! 23区内の繁華街は、防犯カメラの死角がゼロ
初動捜査の鍵は「防犯カメラ」
殺人など凶悪事件の解決に向け、鍵となるのが「初動捜査」。いま、その成否は防犯カメラの画像捜査に懸かっているとも言われる。一方で、現場に出向いて情報収集する「地取り」と関係者に聞き込みする「鑑取り」など従来の手法の重要性は変わらない。早く、的確に犯人にたどり着くため、それらの手法をどう融合させるのか。それとともに、防犯カメラについては、社会に根強い「監視社会」への警戒感もあり、国民の理解が重要だ。 警視庁の防犯カメラの画像捜査が最初に大きく脚光を浴びたのは、2011年に起きたある殺人事件。複数の都県境をまたいだ犯人の移動経路を割り出して容疑者を特定し、解決した。これほど広範囲に及ぶ犯人の足跡をリレー捜査で解明したのは、初のケースとされる。捜査における防犯カメラの重要性を日本中の警察と社会が認識した事件とも言え、より初動捜査に力を入れるようになった刑事捜査の在り方に影響を与えたのは間違いない。 2011年1月10日午後4時すぎ、東京都目黒区の閑静な住宅街にある元会社役員(87)の自宅玄関チャイムが鳴った。元役員は、大手百貨店の配送だと告げられ、対応しようと玄関を開けると、男にいきなり刃物を突き付けられた。もみ合いになって元役員は胸や腹など数ヵ所を刺され、病院に運ばれたが出血性ショックで死亡した。男は元役員の妻にも切り付け軽傷を負わせて逃走した。元役員は搬送時に「知らない男だった」と説明したが、男は悲鳴を聞いて駆けつけた通行人らに引き離された後も元役員に襲いかかるなど犯行が執拗なことから、一方的な恨みが動機で、「鑑」(顔見知り)の可能性があるとみられた。 この日は成人の日で、捜査1課長だった若松敏弘が官舎から現場に到着したときには、鑑識活動とともに、「捜査支援分析センター(SSBC)」と捜査1課初動捜査班の合同チームによる防犯カメラの画像収集がすでに始まっていた。特別捜査本部が設置された重要事件なので、刑事部長だった高綱直良も自ら現場に駆けつける。合同チームはリレー捜査で夕暮れに消えた犯人に迫ろうとしていた。 現場近くに凶器とみられる刃物が捨てられており、合同チームの捜査員はその辺りから中目黒駅までの間の住宅街や商店街の防犯カメラの画像を一斉に調べた。ボストンバッグを持った不審なジャンパー姿の男の画像は、事件が発生した当日のうちに見つかった。 中目黒駅を出て住宅街を通り元役員宅の方向へ歩く姿が事件前の「前足」で、商店街を抜け中目黒駅へと入る姿が事件後の「後足」だった。ところが、後足で男の姿はいつまでたっても駅ホームに現れない。男はどこへ消えたのか。実は後に判明するのだが、男は駅のトイレの個室に入って犯行時の服を着替え、そこに数時間にわたって身を隠してからタクシーで逃げていた。前足では駅ホームにいる姿が確認できたため、チームは後足を追跡するのではなく、前足をさかのぼることにした。男はどこから中目黒駅に来たのか。 3週間後、高綱は警視庁6階の刑事部長室で、若松から容疑者とみられる男の写真を見せられた。JR東京駅日本橋口の高速バス降り場から駅改札に向かう男の写真だが、すぐにはどこに男が写っているのか分からなかった。「これです」と説明された写真の中の男の顔は米粒よりやや大きい程度で、高綱は「こんなのよく見つけたな」と感心したという。 この写真の画像が防犯カメラで撮られたのは事件発生日と同じ1月10日。男は福島県いわき市在住の60代で、発生時に目撃された犯人と特徴が一致した。どうやって突き止めたのか。