伏線だらけ?朝ドラ「虎に翼」の新しさ “エキストラの女子”、松ケンの“甘味”の意味とは
伊藤沙莉と石田ゆり子の「目」の演技対決
とはいえ、なによりのドラマの見どころは、伊藤沙莉の演技だろう。気乗りしない見合い相手と会話する時の表情や、前述のヤケクソの歌での表情など「泣き笑い」といえる微妙な感情を、伊藤は表面的には笑うが絶妙な“目は笑わず”の芝居を見せている。 兄の結婚式場で、母に秘密にしていた女子部への願書提出がバレてしまう。偶然再会した穂高重親教授(小林薫)から大声で「合格だ」と告げられ、その場にいる母の反応を意識して寅子は固まってしまう。その困惑を「目」で表現する。直後に母・はるが視線を寅子に転じた時の怒りをみなぎらせた「目」。その方向には視線を合わせず、固まったまま窮地を脱しようとする寅子の「目」……そうした「目」の芝居対決も第1週の見どころだった。 娘を思う母親は、「かつて女だから」と夢を諦めた自分と、寅子の今後を重ねる複雑な思いを抱いている。演じる石田ゆり子はそれを表情で演じていた。第5話で母と娘が向き合い、互いが涙目で思いをぶつけ合う場面も、2人の俳優の「目」の芝居対決だった。 (はる) 「今行こうとしている道であなたが心から笑えるとはお母さんは到底思えないの。どう進んだって地獄じゃない。そうでしょ? 頭のいい女が確実に幸せになるためには頭の悪い女のふりをするしかないの!」 そう言って、見合いこそ寅子が幸せになる唯一の道だとはるは断言する。 「でも私にはお母さんの言う幸せも地獄にしか思えない」と反発する寅子。 この場面の2人の演技は味わい深い。
これも伏線? 松山ケンイチが甘い物を味わう寸前にドラマが発生!?
女性に対して厳しい見方をする裁判官の桂場等一郎(松山ケンイチ)が、寅子の人生で伏線になっていると思える描写があった。 第1話で、寅子は法律家の卵としてスーツ姿で意気揚々と法務省を訪ねる。現在なら司法試験に相当する試験に合格し、司法修習生として人事課長に挨拶に行くと、後に最高裁長官になる桂場が、席でふかし芋を口に頬張ろうとする直前だった。 うれしそうに口に入れる寸前だった桂場は、相手が寅子だとわかると「君か…」と露骨に不機嫌な顔になる。芋は口にできないままに場面は切り替わる。 第5話でも、東京地方裁判所の判事の桂場が甘味処で串団子を手に持ち、口を大きく開けたところを見た寅子が声をかける。寅子は、母親に大学進学を反対されていることを桂場に打ち明け、「どのように母親を説得するべきか」と相談する。串団子を手に持ったままの桂場は「(女性が法律を学ぶことは)時期尚早だ」と断言。寅子にも「泣いて逃げ出すのがおち」だと告げる。このやりとりを聞いていた母親のはるが「お黙んなさい!! そうやって女の可能性の芽を摘んできたのはどこの誰? 男たちでしょう?」と一喝する。 桂場が口に入れようとしていた串団子は宙に浮いたまま。だが、怒りで興奮したはるは、かつて自分も味わった女性差別を思い出し、それまで強硬に反対していた寅子の進学を事実上、容認する。寅子の人生に大きな転機が訪れたのである。 桂場は甘い物には目がない人物として描かれているが、彼が甘い物を口にしようとする場面は寅子の人生が大きく変容する転機……なのかもしれない。今後も要注目だ。 このように、これまでになく伏線が張りめぐらされた異例の朝ドラ『虎に翼』。とはいえ朝ドラは本来、老若男女が楽しめるという「国民的なドラマ」のはず。あまり細かい伏線ばかり張っていると、ついて行けない視聴者も続出するのではないかが、やや気がかりだ。子どもでも高齢者でもわかるような、わかりやすい伏線にしてほしい。 水島宏明(みずしま・ひろあき) ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授。1957年生まれ。東京大学卒。札幌テレビで生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー『母さんが死んだ』や准看護婦制度の問題点を問う『天使の矛盾』を制作。ロンドン、ベルリン特派員を歴任。日本テレビで「NNNドキュメント」ディレクターと「ズームイン!」解説キャスターを兼務。『ネットカフェ難民』の名づけ親として貧困問題や環境・原子力のドキュメンタリーを制作。芸術選奨・文部科学大臣賞受賞。2012年から法政大学社会学部教授。2016年から上智大学文学部新聞学科教授(報道論)。放送批評誌「GALAC」元編集長。近著に「内側から見たテレビーやらせ・捏造・情報操作の構造ー」(朝日新書)、「想像力欠如社会」(弘文堂) デイリー新潮編集部
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