『逃走中』『ノイタミナ』を生み出したプロデューサー・高瀬敦也氏が語る、AI時代に食いっぱぐれないためのスキルとは。「あせらずに現有戦力でやっていく」など、ユニークかつ“優しい”(?)仕事術を訊いた
ヒットコンテンツを手がけるクリエイターには、物事の捉え方や発想の転換、世の中を見抜く先見性など「なんでそんなことが思いつくの?」と、頭の中をのぞいてみたくなるような人がいる。コンテンツプロデューサーの高瀬敦也氏もそのひとりだ。 『エンタ飯!~うまい飯といい話~』画像・動画ギャラリー 代表作の「逃走中」はまさに「なんでそんなことが思いつくの?」なゲーム的番組システムが画期的で、開始当初から目論んでいたゲーム化でも累計100万本の大ヒットを記録した。しかし、有名テレビマンとして活躍中に「(ヒットしたコンテンツも)自分の力でない」と悟ったことで古巣フジテレビから独立。現在はメディアを横断してさまざまな企画を独自の視点でプロデュースしている。 [今回のスゴい対談相手]高瀬敦也 コンテンツプロデューサー。フジテレビ在職中に「逃走中」「Numer0n(ヌメロン)」「有吉の夏休み」などを企画したほか、アニメブランド「ノイタミナ」の立ち上げにも参加。プロデュースしたゲーム版「逃走中」は累計100万本を記録した。独立後は多分野でヒットコンテンツを連発。著書に「人がうごく コンテンツのつくり方」(クロスメディア・パブリッシング刊)などがある。 「そもそもエンタメとは何なのか、真剣に考えたい」という思いから始まったこの連載「エンタ飯!~うまい飯といい話~」は、イザナギゲームズのCEO・梅田慎介氏が聞き手を務め、エンタメ業界の最前線で戦うトップランナーたちと美味しい料理をご一緒しながら、彼らが考えるクリエイティブの真髄に迫っていく。 「物語づくり」について考えさせられた編集者・佐渡島庸平氏の回、「ニッチでも深く刺さるゲーム」の制作秘話を聞いた小高和剛氏の回に続いて、高瀬氏を第3回のゲストに迎えた。 テレビ離れの加速、コンテンツの飽和、AI時代の到来……クリエイターたちには“変化”が求められてきるように感じる昨今。高瀬氏は新刊書籍「スキル 仕事で使える変な力たち」(クロス・メディアパブリッシング刊)でもAI時代も廃れない仕事と人生のスキルについて再定義しているが、いまのエンタメ業界についてどんなことを考えているのだろうか。 今回ふたりが集まったのは、下町の風情がある町屋の蕎麦店「うじいえ」。こだわりの手打ちそばをずるずるとすすりながら、著書を読み込んできた梅田氏が、肩の力が抜けてやる気も出る、高瀬氏の考え方を聞いた。 聞き手/梅田慎介 取材・文/山崎ヒロト [今回のウマいお店]蕎麦 うじいえ 住所:〒116-0001 東京都荒川区町屋3-5-13 TEL:03-6807-8538 お昼の部:11:30~14:00 夜の部:17:30~22:00 定休日:毎週月曜、火曜 ■固定観念を壊した「若者向けテレビ広告枠のパッケージ化」戦略 梅田: 高瀬さんには聞きたいことがたくさんありすぎて。今日は高瀬さんの経歴からちょっと復習させてもらってもいいですか? 高瀬: もちろん。 梅田: 大学を卒業してフジテレビに正社員で入られて、独立されるまで何年いましたか? 高瀬: 入社は1998年だからフジテレビは19年間ですかね。 梅田: フジテレビでは最初に営業をやっていたんですよね? 高瀬: そうですね。最初の5年間はスポット営業。たとえばスポンサーがTVCMを5,000万円で発注したら、その5,000万円をプランニングする役割ですね。この番組とこの番組に流しましょう、みたいな。それを広告代理店に返して、文句を言われて……。 梅田: 文句(笑)。 高瀬: 「もっとこういうふうに変えてくれ」と言われるから、「そんなのイヤだよ」と言う仕事でした。 梅田: そんなのイヤだと言う仕事(笑)。 高瀬: 仕事というか、そういうコントです(笑)。 梅田: いや、そこですごいなと思ったのが、高瀬さんが空いている枠を組み合わせて若者向けのサービス商品を考案したんですよね? 高瀬: 枠は余るんですよ、結局。なるべくまんべんなく売れるように頑張るんですけど、パズルのような組み合わせだから、どうやっても枠が余る。余っている枠のうち、再放送でも広告主にとってみれば安く買えるならいいわけじゃないですか? 梅田: ふむふむ……そうですね。 高瀬: それが若者に特化しているんだったら価値が出るので、そこだけをパッケージにしたんですよ。当時だったら「めちゃイケ」とか「HEY!HEY!HEY!」とか、若者向けの番組があったので、それを限定10口みたいな感じで売ったら即完売でした。 梅田: アイデアがすごいですよね。高瀬さんの著書を読んでいても、「あるもので作ればいいじゃん」「発想を変えればいいじゃん」みたいな考え方が書いてあるんですよ。その広告枠の話も、「余る」で済ませて1個ずつ売るんじゃなくて、セットにして売っちゃえばいいじゃん、と。 ■「世の中のものは考え方しだいでコンテンツになる」説 梅田: そういう発想の原点というか、高瀬さんがたとえば幼少期からそういう考え方をしていたのか気になります。 高瀬: その話と繋がるか分からないですけど、僕はすごく承認欲求が強かったと思うんですよ。でも、HSP【※】だし、内向的だし、人と接するのが苦手なタイプだったんです。未だにですが、できれば新しい人とは関わりたくないというか……。 ※HSP ハイリー・センシティブ・パーソン。感受性が強く敏感で繊細な気質を持った人を指す 梅田: いやいや、まったく逆の生き方をしてるじゃないですか(笑)。 高瀬: 基本的に自分に自信がないんですよ。あとハードルが高いことを僕は本当に嫌うんですよ。とにかくいろんなことに対してハードルを下げたいんです。 何か発言する時も「大したことないんだけどさ~」と最初に言う。「つまんない話だけど~」「すぐ終わるからちょっと聞いて~」とか。 人に期待させたら自動的に自分が何か被害を受けることになるので、とにかく期待してほしくないんですよ。だから、今日の梅田さんとの話もすごくつまんないことしか言わないです(笑)。 梅田: ここでもハードル下げにきた(笑)。 高瀬: でも、梅田さんが僕の本を読んで、ちゃんと準備をしてくださっているのがうれしいです。僕はエゴサをしまくるので、承認欲求を満たすために本を出しているところもあるんですけど(笑)、そうするといろんな読者さんの感想に触れるじゃないですか。 本のいいところは、エンゲージメントが異常に高いのでネガな感想ってあんまり出てこないことなんですよ。 梅田: たしかに。つまらなかったら読むのをやめるだけだし。 高瀬: わざわざ「つまんねーよ」というコメントをする人はあまりいないですね。 梅田: 今回の書籍「スキル 仕事で使える変な力たち」はめちゃくちゃボリュームありますよね。 高瀬: そうですね、13万字あります。 梅田: ビジネス書籍の文字数って普通はどれぐらいなんですか? 高瀬: 9~10万字じゃないかなと思います。今回の本はまず18万字書いて、そこから5万字削って13万字にしています。 梅田: 高瀬さんって文才もありますよね。文章に惹き込まれます。 高瀬: いや、スゲぇ気を遣って書いてますよ。みんなに嫌われたくない一心で(笑)。 梅田: 嫌われたくないって一心で書いてるんですね(笑)。 高瀬: 上から目線にならないように、すごく気にして書いてるので。 梅田: だから、“優しい本”という印象なんですよね。 高瀬: それは本当にうれしいです。優しく背中を押す系ビジネス書だね(笑)。 梅田: 過去の著書「人がうごく コンテンツの作り方」(クロス・メディアパブリッシング刊)では、コンテンツを作ってきた高瀬さんが、「世の中のものはすべてコンテンツである」と書いているのが面白くて。 考え方しだいでどんなこともコンテンツになるし、考え方をアップデートしたらスキルになった、と。それは高瀬さんの過去の本にも書いてあって、結局どの本でも言い方や見方を変えているけど、根底は同じなんですよね。 高瀬: ホントだ! 気づかなかった(笑)。 梅田: 高瀬さんのすごさはそこだなと。発想の転換ってコストがかからないじゃないですか? 高瀬: たしかに。 梅田: コストをかけずに発想の転換でモノを生み出している人だな、という。 もちろん本に書いてある通り、行動力と実行力と最後までやりきる力みたいなものがないと無理なんですけど。だって「逃走中」なんて何百人も関わっているわけじゃないですか。 高瀬: 一番多い時は、関係者全部で700~800人いましたね。 梅田: そういう番組のプロデュースってとてつもないし、しかもあの番組は一発勝負じゃないですか。 高瀬: そう、超怖いっすよ。だから僕は番組の最中は何も楽しくなかったです(笑)。 ■小室哲哉からヒントを得たフジのアニメ枠「ノイタミナ」の名前 梅田: フジテレビ時代の話に戻しますけど、営業部で一目置かれるようになって、そこから制作に行くんですよね? 高瀬: そうです。フジテレビの組織体でいえば編成部ですけど、まあ番組を作る部署ですね。 梅田: そこですぐにコンテンツを作ったんですか? 高瀬: いや、最初は企画書を書いても相手にされないから、何とか自分のポジションを……と思いながらいろんなことをやっていました。初めて番組を作ったのは異動して2年目ですね。その2年目に「逃走中」も始まっています。 梅田: 思ったより早いですね。同時期だと「ノイタミナ」のネーミングも高瀬さんですか? 高瀬: そうですね。スキームを作ったのは金田(耕司)さんですけど、概念を作ったのは僕です。「ノイタミナ」の企画を作っていた時、僕はまずタイトルをつけて、その枠を概念化したほうがいいと思ったんです。 どうしようか考えて、ANIMATIONを逆さまにするんだけど、じつは昔、小室哲哉さんがORUMOK RECORDS(オルモックレコーズ)というレーベルをやっていて……。そのORUMOKは小室のアルファベットの逆さ読みだと知って、超カッコいいじゃんと思っていつかパクリたいな、と(笑)。 梅田: 見事なパクリ方ですね、誰も気づかない(笑)。 高瀬: それが真相です。インタビューなどで記者向けに「アニメの常識を覆すからANIMATIONを逆さから読むんです」と説明していましたけど、それは後づけです(笑)。 梅田: へー。でも、その概念の作り方にすごくセンスがあるんですよ。 高瀬: アニメーション番組に枠としての上位概念をつけるという考え方自体が、当時はなかったですからね。 梅田: だから「ノイタミナ」枠自体にファンができたし、「月9」みたいな形で認知されましたよね。上位概念を作ることはめちゃくちゃ有効な手段だと思います。 高瀬: まあ、“それっぽく”なりますからね(笑)。同じ枠の次の作品をファンが期待してくれるし、こっちも文脈が作りやすいんですよ。 梅田: そうやってフジテレビで数々のヒット作を生み出す花形テレビマンの街道を突っ走っていたところから高瀬さんは起業するじゃないですか。フジテレビを辞める時は引き止められなかったですか? 高瀬: 止められないですよ、別に。大きい会社はシステムがよくできているじゃないですか。特にテレビ業界なんて異常なシステムとすごいスキームが成り立っているから、誤解を恐れずに言えば別に誰がやってもいいわけです。 これは揶揄したり、批判するわけじゃなくて、誰がやってもそこそこの結果が出せる。それだけすごいビジネススキームなんですよ。 梅田: なるほど。それはすごいですよね。 高瀬: とりわけ当時はそうでした。20年前ぐらいは、テレビ業界という輪の中にさえいれば、かなり高い確率で何かしら世に名前の残せる作品を作れるポジションに立てたんです。いまは時代が変わってそうではなくなったんですけど……。そこを勘違いしてしまうと、いまのテレビはキツい業界でしょうね。 梅田: 俯瞰で見るとそうなんですね。 高瀬: 「俺はすごいクリエイターなんだ!」と思っちゃっているとキツい。「逃走中」と言う番組は僕が企画したけど、あの時代のテレビのスキームがあって、圧倒的なリーチ力があるからできたことなので。 YouTubeやSNSなど、いまの時代のほうが使えるものは多いですけど、裸一貫からあの規模のものを作るのは、やはりテレビ的なスキームがあってこそだと思います。 ■大人気番組「逃走中」の“思わず見てしまう”画期的なシステム 梅田: 僕はゲームクリエーター、ゲームプロデューサーなので、やはり一番気になるのは「逃走中」なんです。本当にすごいスキームですけど、そもそもどういう発想から始まったんですか? 高瀬: もともとはテレビのサッカー中継を見ていて、当時は画面の端に表示されている残り試合時間がカウントダウンだったんですよ。興味のない試合だったんですけど、残り2分ぐらいだったからつい見ちゃったんです。まあ、試合終了のホイッスルが鳴るまでは見よう、と。 その時「あっ!」と思って。バラエティの番組でも、たとえば60分番組だったら「60分間ずっとカウントダウンしていたら、視聴者は見ちゃうんじゃないか……?」と思ったのがきっかけです。 梅田: それを「鬼ごっこ」というゲームと繋げたのはなぜですか? 高瀬: 最初は「渋谷で鬼ごっこする」という設定だったら話題になると思ったんですよ。“テレビだからできるあり得ないこと”をすごくやりたかったんですよね。 もうちょっと理屈っぽく言うと、カウントダウンをするには何か新しいゲームを考えないといけない、でも新しいゲームをやっても誰も見てくれない。それなら、みんなが知っているルールで分かりやすいことをやろうと思って鬼ごっこにしたんです。 梅田: 「みんなが知ってるルール」というのはアドバンテージがありますよね。 高瀬: じゃあ、どこで鬼ごっこをやるのか。僕は渋谷区で生まれて育ったので、あの渋谷の早朝のなんとも言えない空気が好きだったんです。それまでの深夜の喧騒がウソのような、異世界転生したようなヘンな感じじゃないですか。 最初の企画書は「51分45秒」というタイトルでした。パイロット版を放送しようとしていたBSの放送枠がCMを除くと51分45秒だったからです。 梅田: 「逃走中」は他にもスゲぇなと思うことがたくさんあって。たとえばハンターのシステムですよね。あのハンターの格好は何から発想したんですか? 高瀬: ハンターを作る前に、まず逃げることに特化した番組にしようとしたんです。普通の鬼ごっこなら、追っ手側も描きたくなるんですけど、あえて逃げ手に特化していて。 僕ら制作陣の考えでは、あの番組はゲームショーではなくドキュメンタリーなんです。逃走者の心の内を見る“心理逃走劇”というキャッチコピーを使っていましたけど、まさに逃げ手の心理を描くドキュメントショーという認識でした。 梅田: ドキュメンタリー観ている感覚になりますよね。「逃走中」って。 高瀬: それなら「追っ手は極端にキャラづけしないほうがいい」と思ったんです。でも、ひと目で視覚的にあのキャラが出ているのは「逃走中」だよね、というアイコニックなものを作らないとダメで。そこでハンターという異質なキャラを作ろう、と。 でも、最初のBSのパイロット版をやる時は予算がないので、金がかからなくて違和感を出そうとしたら、古来からあるサングラス&黒スーツになった、という。洋服の青山に行けば2着2万円とかで買えるから(笑)。 梅田: ハンターの衣装は洋服の青山で揃えられる(笑)。 高瀬: 金があったらもっとゴテゴテした衣装にしたと思いますよ。ハンターのビジュアルもそうですけど、僕は番組タイトルって基本的には覚えてもらえないと思っているので、「逃走中」という名前は「いま誰かが逃走しているんだよ」っていうテロップ的な説明なんですよね。 梅田: いや、ネーミングのセンスが半端ないと思います。「逃走中」ですよ。それ以外考えられない、めちゃくちゃなハマり方をしてるな、と。 ■100万本以上売れたゲーム「逃走中」でこだわったのは“疑似体験” 梅田: あと、「逃走中」ってヨーイドンで始めたらあとは筋書きがないドラマじゃないですか。その場合、キャスティングが重要になると思いますが……。 高瀬: まさに梅田さんの想像通りでキャスティングがカギなんです。筋書きはないけど、制作の意図はあるわけで、キャストはその意図をちゃんと汲んでくれるかどうか。だから芸人さんをいっぱい入れないとダメな番組なんです。 かつ、基本的にはひとりにつきカメラ1台のワンショットショー。だからワンショットで画を持たせられて、トークで面白いフリが作れないといけない。そこはやはり芸人さんの能力ですよね。「スポーツ選手限定大会とか、役者さん限定大会もしなよ」といろんな人に言われましたけど、絶対ダメです。芸人さんが最低でも2/3はいないと成立しないんですよ。 梅田: そういえば筋書きのないドラマの中で、たまに炎上気味になることもあったじゃないですか。一番多かったのは、リタイヤのシステムにまつわる炎上ですよね。あれはプロデューサー目線からするとおいしい展開だと思うんですけど……。 高瀬: もちろんです(笑)。最初のきっかけはドランクドラゴンの鈴木(拓)さんでしたね。鈴木さんのリタイヤは本当にありがたかった。あんなにコストがかからないプロモーションはないですよ。勝手にYahoo!ニュースになりましたから。 梅田: ゲームとしてリタイヤできるルールなのに、「リタイヤして炎上って何だよ!」って思いますけどね(笑)。 あと、「逃走中」はゲームが100万本以上売れましたよね。ゲーム業界からしても大ヒットなんですけど、番組を企画する時にゲーム化することもイメージされていたんですよね? 高瀬: もちろんです。僕はゲームで育った世代ですし、そもそも番組の画づくりからしてゲームを意識していましたから。 梅田: ドキュメンタリーショーとビデオゲームの一番大きな違いってどこだと思いました? 高瀬: それは正直考えたことがなかったですね……。 梅田: 僕が想像するのは、インタラクションの部分です。「ユーザーが介入できる」というゲームの特徴を高瀬さんがどう感じたのか気になるんです。 高瀬: 各論のゲームづくりのテクニックは素人なので分からないです。ただ、「Numer0n」もそうなんですけど、テレビの最大のメリットって簡単に疑似体験できることだと思っていて。家で鼻クソほじりながら見ているだけで体験できる、そのお得感。 「逃走中」のゲーム版は、テレビよりもっと疑似体験したいという気持ちが喚起できれば、絶対に売れると思ったんです。テレビは客観の部分があるし、やはり主観で主人公なれるのはゲームかなって感じですね。その視点でテレビ番組を作れば全部ゲーム化できるし、ワンチャンものすごいヒットが生まれるかもしれないけど……。 ■物事の優先順位は「どっちが後で大変か」を4次元的に考える 梅田: 書籍「スキル 仕事で使える変な力たち」は電ファミの読者のみなさんにもおすすめなんですけど、僕が具体的なところで刺さったのが、第3章「身を守る」の「優先順位力」という項目。「優先順位は4次元的に考える」という言葉があって、すごく面白いし、めちゃくちゃ重要な力だと思ったんですよ。 高瀬: えー、うれしい。 梅田: 僕はゲーム開発の場面がまず思い浮かんだんです。本来なら先にやらなきゃいけないことがあったとしても、ゲーム開発の2年というスパンで考えたときに、Aという主力スタッフのモチベーションを上げておかないと、1年後にAが辞めちゃって、トータルの開発に3年かかるということも起こりうるわけで。 高瀬: そうそう。 梅田: 4次元的に考えたら、いまやるべきなのはAの話を聞くことになる。高瀬さんが優秀である理由のひとつだな、と思いました。 高瀬: 日々の生活もそうじゃないですか? たとえば、僕はいま子育てをしていますけど、仕事もしなきゃいけないし、掃除もしなきゃいけないし、子どものメシも作らなきゃいけない。超カオスなんですよ(笑)。 優先順位の話で言えば、子どもが泣いてしまったとき、このまま泣かせておいて別のことをしていいのか、すぐに泣き止ませるべきか……。結局は「どっちが後で大変か」ですね。 梅田: みんな目の前のことを気にするけど、そんなに目の前のことばかり気にしなくてもいい、みたいな。 高瀬: 別にリスクがないなら、放っておいてもいいじゃないですか。 梅田: これはゲーム開発においてもめちゃくちゃ役に立つ考え方だと思います。だから、4次元的に考えるという表現がめちゃくちゃ僕にはハマったんですよね。 あと、第1章の「人を動かす」で、「リーダーシップ力」について言及されているんですけど、結局は「リーダーシップ力なんていらねぇよ」みたいな結論に近いですよね? 高瀬: もっと言うと、人に動いてもらう、ということです。人を動かすんじゃなくて。 梅田: この考えが高瀬さんらしい。みんなリーダーだからと言って肩肘張らなくてもいい、そのままをさらけ出したほうが好かれるんだから、それでいいじゃん、ということも書いてあって。 高瀬: 僕はよく言えば合理的だけど、悪く言えばとにかく面倒くさがり屋ですね。現在も、将来にも余計なストレスは排除したいというだけ。本当にそれだけです。 梅田: この本にはいろんなスキルが書かれていますけど、いまの時代の人も僕らぐらいの世代の人も、なにかスキルを身につけなきゃいけないと焦ることもあると思います。でも、たぶん高瀬さんが言いたいのは、焦らないスキルも大切だということなのかな、と。 高瀬: そう、“学ばないスキル”ですね。あと、「現有戦力でやっていく方法」ですかね(笑)。 梅田: 新しいスキルを身につけたり、パワーを手に入れるより、あなたはすでに持ってるでしょう、と(笑)。 ■人間社会で生きることに前向きであればAI時代でも食いっぱぐれない 梅田: 今日、最後にお聞きしたかったのがAIについて。いまAIの時代になって、生成AIがこれだけ盛り上がっているなかで、コンテンツを作る人はAIとどう向き合うのか……。 高瀬: 結論から言うと「どうなるか分からない」です。みんなちょっと前まで生成AIのことを考えていたけど、AGI(汎用人工知能)が盛り上がってきて、そうなると生成ですらないですから。だから、とりあえずいま便利なものを使うしかない。 これはAIに限った話ではなくて、新しいものが出たら興味を持って、利用してみるというスタンスです。カッコつけているワケじゃなくて、分からないなら考えても無理じゃん、と。 梅田: 「分からないから考えても無理」って高瀬さんらしいですね(笑)。 高瀬: そこで「クリエーターの仕事って何?」となった時に、一見すると超厳しくなりそうな気もするけど、たとえば棋士はAIに将棋で勝てない時代になっても、藤井(聡太)さんの8冠は賞賛されるわけじゃないですか。車が発明されても、乗馬を楽しんでいるわけで。人間が作るクリエイティブ自体にも価値が出るのかもしれない……と考えていたりします。 梅田: AIやテクノロジーが発達しても人間のクリエイティブの価値が下がるわけではないと。 高瀬: あと、仕事として稼ぐという意味で言うと、クリエイターのやっているいわゆる実務的な工程はAIができるとしても、偉い人やお金を持っている上位階層の人たちがAIを使うわけではないじゃないですか。AI、AGIに対するコミュニケーションは誰か他の人間にやらせるんですよ。それならクリエーターがAIを使えばよくて、そこの解釈だったり、指示出しだったり、もしくは選別だったりというのは結局クリエーターに委ねられるので。 だから、普通に「気のいい兄ちゃん、姉ちゃん」として仕事をしていれば、食いっぱぐれることはないんじゃないですか。 梅田: あぁ、その考え方はとても面白いですね。 高瀬: もちろん。コミュ力が必須ということを言いたいわけじゃないんだけど、人間社会で生きることに対して前向きであることは大事かもしれないですね。まあ、いろいろ言いましたけど、結論は「分からない」ということです(笑)。 梅田: ということは、高瀬さんは悲観はしてない、と。 高瀬: 僕も古い人間なので、古き良き世界観は好きです。たとえば看護師さんの存在ですね。機械じゃなくて人というか、病んだ時にはやっぱり看護師さんにいてほしいじゃないですか。そういうことです。それはビジネスの場面じゃなくても同じ。 梅田: 本を読んでいても思うですけど、なんか高瀬さんは優しいですよね。この新刊を読んで、高瀬さんのことがもっと好きになりましたもん。 高瀬: えー、うれしい(笑)。今日は非常に気分良く、自己肯定感も爆上げの時間だったので、コスパのいい体験でした。 梅田: 僕にとってもコスパのいい体験でした。ありがとうございました! ■[対談後記] あの「逃走中」「ノイタミナ」を生み出した高瀬さん、敏腕TVマンから起業されたその経歴のイメージから想像していた人とはちょっと違っていて、とても温和で優しい感じの方なんですよね。「スキル 仕事で使える変な力たち」もそんな高瀬さんの人柄が滲み出ている、優しいビジネス本なんです。 今回のインタビューで高瀬さんのお話を聞いて思ったのが、エンタメのプロフェッショナルである高瀬さんはきっと自分や自分の作ったコンテンツと関わって、人が残念な想いをするのが嫌なんだなということ。最後、良い気持ちになってほしいという気持ちがものすごく強いんだなと思いました。話をするときにまずハードルを下げるっていうのも、きっと話し終わったあとに残念な想いで終わらないような気配りなんだと思います。それを徹底している高瀬さんって優しいと同時にやっぱり凄いエンタメコンテンツクリエイターで、期待値よりも常に最終的に上に着地させることを考えているとも言えます。ポイントだと思うのは、着地点における満足度の絶対値と相対値を両方上げることを意識されている点です。 絶対値をあげるための武器、たとえば「スキル」みたいなものは基本的に無茶苦茶すごい武器をすぐに手にいれるのは難しいから、いま持っているものを発想を転換することにより武器に変える、そして最終の満足度をあげるためのスタート地点を工夫することから始める。そうすることで勝率と勝ち幅を増やしている気がします。経営者として興味深いのは、敏腕TVマンで順風満帆に見える高瀬さんがフジテレビを辞めて起業している点です。これも4次元的にみたらそちらのほうが高瀬さんにとって良い結果になる可能性が高いということなんだと思います。 高瀬さんがいま多くの人とさまざまな取り組みをされているなかで、近々、とんでもなくすごいビジネスなどが生まれていく気がしています。
電ファミニコゲーマー:コン梅田 / 梅田慎介,山崎ヒロト
【関連記事】
- 「責任とってね」「地獄の底まで一緒」「あたしと生きてよ」──。少女たちの“巨大感情”をあまりにも濃密に描いた『クライマキナ』が関係性オタク大歓喜の一作だった
- 森山尋氏とDONUTSが手がける『機兵とドラゴン』のキャラクターデザインは『天穂のサクナヒメ』の村山竜大氏が担当に。mini記者発表の内容を現地からお届け【TGS2023】
- ゲームメディアが「よし記事を書くか!」と思うとき
- 233人の美少女キャラクターの水着姿から2023年水着トレンドを調査してみた
- イラストレーター・LAM×Vシンガー・星街すいせいが贈る『ディスクロニア: CA』Switch用体験版が配信スタート。ストーリーの導入から2時間程度とたっぷり遊べる