道長死す。それでも歴史の大河は流れ続ける。『更級日記』作者登場、双寿丸の出陣が象徴する時代の変化が深い【光る君へ 満喫リポート】
まひろと阿弥陀如来
I:出家して、道長の病が重くなってきました。源倫子が人生の最期を迎えようとしている道長に対して、最後にまひろに会わせるという決断をくだします。正妻としての余裕の行動、あるいは愛する道長が望んでいることは何かということを冷静に考えた末の決断……。いずれにしても少年少女の時代からのソウルメイトとして交流を続けてきた道長とまひろの関係への配慮がなんともいえないですね。 A:私はこの場面について思うことがありました。道長の臨終といえば、道長が建立した法成寺で道長が帰依した九体の阿弥陀如来に囲まれていたそうです。道長の指と阿弥陀如来の指は五色の糸で結ばれていたといいます。『光る君へ』ではそうした場面は登場せず、まひろと道長の会話が交わされました。「ああ、まひろの存在こそが阿弥陀如来なんだな」と感じました。 I:ああ、なるほど。確かに道長にとってまひろとは如来のような存在だったのかもしれません。そう考えると、仏像に帰依する道長の姿よりもまひろと会話する姿の方がありなのかもしれません。「まひろ如来説」ってことですね。光る君は、道長にとってはまひろだったのかもしれない、なんて思ったりもしました。
双寿丸が向かった戦場
I:物語の最後に出陣する双寿丸(演・伊藤健太郎)が描かれました。道長が亡くなり、その直後に東国で乱が発生する。時代の変化をこれほど象徴する場面があるでしょうか。 A:双寿丸が向かった東国の乱は「平忠常の乱」だと思われます。平忠常は88年前に討たれた平将門の従兄弟・忠頼の子になります。房総半島一帯を在地領主として支配していた忠常が国司と対立した末の乱ということになります。 I:その乱を平定する軍勢の一員として双寿丸がいるというわけですね。 A:最終的に平忠常の乱を平定したのは源氏の源頼信ということになるのですが、このことをきっかけに源氏が東国に勢力を築くことになるわけですから、『鎌倉殿の13人』の時代に向けて種が撒かれた合戦ということになります。それもまた象徴的です。頼信は道長にも仕えていたわけですから、時の変遷とは本当に面白い。 I:『更級日記』の作者の登場、東国での乱の発生。最終回にこうした情景が挿入されるとは感慨深くてしみじみさせられますね。道長という大権力者が亡くなっても、歴史の大河の悠久な流れはとどまることがないということですね。 A:そして、道長の時代は常識だったことが常識ではなくなる時代、常識ではなかったことが普通になる時代が訪れます。そして『光る君へ』で強調されていたように思うのは、常識が常識でなくなる時代の変化があっても、人間が人を好きになる、出世したいと思う、人に嫉妬するということが1000年経ても変わらない人間の性であること。そうした人間の性が、深く深く心の底までしみ込んでくるほどに丹念に織られた物語であったのだなと改めて思います。 I:双寿丸が東国でどんな風景を見るのか。そんな余韻を残しながらのエンディングです。その後の歴史がどうなるのか。いろいろ調べたくなりますね。 A:そして、まひろが遺した物語は1000年の時を経て、今もなお人々を魅了しています。現代の人気作の作者であれば、1作だけというのはあまりないのですが、なぜ紫式部の作品は『源氏物語』だけなのか。 I:いったいなぜでしょう。そんなこと、あんなこと、いろいろ思索してみたいですね。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。「藤原一族の陰謀史」などが収録された『ビジュアル版 逆説の日本史2 古代編 下』などを編集。古代史大河ドラマを渇望する立場から『光る君へ』に伴走する。 ●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2024年2月号の紫式部特集の取材・執筆も担当。お菓子の歴史にも詳しい。『光る君へ』の題字を手掛けている根本知さんの仮名文字教室に通っている。猫が好き。 構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり
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