「知ってもどうにもならない…」ノーベル賞科学者・山中伸弥が語る、遺伝子治療の残酷すぎる「現実」
「iPS細胞技術の最前線で何が起こっているのか」、「将棋をはじめとするゲームの棋士たちはなぜ人工知能に負けたのか」…もはや止めることのできない科学の激動は、すでに私たちの暮らしと世界を変貌させつつある。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ」…性的虐待を受けた女性の「すべてが壊れた日」 人間の「価値」が揺らぐこの時代の未来を見通すべく、“ノーベル賞科学者”山中伸弥と“史上最強棋士”羽生善治が語り合う『人間の未来AIの未来』(山中伸弥・羽生善治著)より抜粋してお届けする。 『人間の未来AIの未来』連載第35回 『「血液を作る細胞は2個だけ…」ノーベル賞科学者・山中伸弥も衝撃を受けた「老衰の恐怖」』より続く
「こんな遺伝子を残したくない」
羽生 ゲノムを解読して、この人は将来、必ず病気になるとわかったら、ゲノム編集によってあらかじめ治すことはできるんでしょうか。 山中 「単一遺伝子疾患」といって、それが一個の遺伝子で起こるものだったら、治すことは可能でしょうね。ハンチントン舞踏病などがそれに当たります。複数でも2個の遺伝子ならば、まだ何とかなるかもしれません。でも3つ4つ5つ、10個と多因性疾患になってきたら、なかなか今の技術では難しいですね。 あるパーティの席で関係者の女性から「私と姉は遺伝子疾患がある家系らしいので、私も姉ももう子供はつくらないと決めているんです」と話されたことがあります。「病気の原因遺伝子は残したくないから」と言われたんです。パーティの席上だったので、じっくりと話ができませんでしたが。 そこまで深刻に考えておられる人がいるのも事実です。それが一個の遺伝子のせいならば、それを治すことで彼女たちの意識がまったく変わるわけです。
「ゲノム編集」は許されないのか
山中 「病気の原因遺伝子」なんて、調べてみたら、みんなが何十個も持っているんですよ。たまたま表に発現していないだけです。だから、そうした悩みを抱えている人に接すると、「ゲノム編集は倫理的に許されない」と簡単に切って捨てることはできなくなります。 羽生 そうですね。ただ、遺伝子解読は一方で、「遺伝子差別」を生む危険性がありますよね。たとえば、遺伝子検査によって特定の遺伝子を持っていることがわかった段階で、保険などに加入できなくなる問題はありえます。 山中 確かにそれはあるでしょうね。アメリカなどでは、保険会社は遺伝子検査の結果を被保険者に聞くことを禁じる法律ができています。 羽生 アンジェリーナ・ジョリーさんのように、遺伝子診断によって乳がんや卵巣がんになる可能性が高いことがわかって、その予防のために乳房や卵巣、卵管を切除する方もいますね。 山中 彼女は母親が乳がん、母方の祖母は卵巣がんで若くして亡くなっているので、その判断はわからなくもないんです。ただ、彼女の場合、遺伝子と病気が一対一対応で、しかも乳房切除という、かなりラジカルな方法ではあるけれども、対処法が一応あるわけです。