田上奏大「この時期の失敗」は財産【若鷹ウインターリーグ奮戦記VOL.1】
開幕投手を含め4試合すべてに先発で登板
田上は今回のウインターリーグ期間中、4試合にすべて先発で登板した。 最初は11月3日、インディオス・デ・マヤグエス戦でチームの開幕投手を任された。中南米のウインターリーグは若手プロスペクトたちがMLB球団へ自身を売り込む「見本市」という特性もあるため、真剣勝負が繰り広げられる。結果が伴わなければクビになることだってある。その独特な雰囲気を全身で感じながら、60球以内という球数制限が設けられた中で2回55球1失点というピッチングを見せた。 大崩れはしなかったものの、球数が多すぎた。続く同10日の先発でも1回36球を費やした。2試合で計7四死球。何が課題なのかは明白だった。 「右肘を故障して今季の後半戦はほぼ野球ができなかった分、ウインターリーグで経験を積まないといけないと思ったし、技術の上積みも求めて行かせてもらいましたが、試合の中で今まで経験したことのない感じになってしまったんです。もう痛みなどはまったくないのですが、気持ちの面が影響しているというか……」 じつは田上の投手歴は驚くほど浅い。履正社高校では下級生時に控えながら全国制覇も経験しているが、ずっと外野手だった。投手に本格転向したのは高3の6月だ。野球人生の中で「投手」としての経験は約3年半しかない。故障による長期離脱を経験したのは今夏が初めてだった。 「ケガをしてから投げるという経験が初めて。こんな言い訳はしたくないんですが、思いきって投げることができなくなっていました」 一時はその苦しみが、マウンド上だけでなく練習のキャッチボールでも違和感を覚えるまで悪化した。だが、それを中南米独特の明るくて前向きな気質が取り除いてくれた。 「2度目の登板の数日後に、球団GMから『通訳と一緒に来てくれ』と呼ばれました。正直クビになると最初は思いました。だけど、部屋を訪ねると『私は君を信じている。去年来てくれていい投球を見せてくれた。君はできるんだ。だから、君自身が自分を信じなさい』という話をしてくれたんです。アッと思いました。ヒガンテスのGMもそうですが、ホークスの球団だって僕に期待をしてくれているからプエルトリコまで行かせてくれているんだし、自分のことを僕だけが信じていなかったのではないかって。そこで1つ気づくことができました」 3度目の登板(11月19日)は3回1/3を投げて与四球0の1失点とまずまずの安定感を取り戻した。現地での最後の登板が冒頭に記した大乱調となったが、「今は自分の中で『普通に投げる』ということができているんです。最後は本当に悔しい結果になってしまったけど、きっかけはつかんだと思っています」と前を向いた。 今回のプエルトリコでの結果だけを見れば、4試合登板で0勝0敗、投球回6回2/3で11四死球を与えて、防御率6.75という厳しい成績が残る。 だけど、その苦しみこそがかけがえのない財産だ。この時期の失敗は財産でしかない。 「僕は行かせてもらったことを心から感謝していますし、行く決断をして良かったと思います。もし、『ケガをしたので日本に残ってキャンプや練習で備えます』と言っていたら、本当に大事な来シーズンの最初の時期にこんな失敗をしていたと思うんです。そのほうがもっと怖いことになっていた。試合で投げたから課題が浮き彫りになったし、結果が出たことでダメな自分とも向き合えました。この経験を来季4年目に必ず生かしたいと思います」