「家族」の瑣末な日常も、積み重なれば美しい物語に。韓国文学『29歳、今日から私が家長です。』を味わう
愛しく、時には煩わしい「家族」との日常。跳ねるように軽やかに描かれた「暮らし」の瑣末な出来事。理不尽なことや失敗もあるけれど、それでも淡々とユーモアたっぷりに自分の道を突き進む。人を人として認め尊重すると価値観は自然にアップデートされていきます。これからの家族、人間関係を描いた『29歳、今日から私が家長です。』(イ・スラ著、清水知佐子訳/CCCメディアハウス)はなんとも爽やかで痛快な小説です。
【Yummy!】今月のミニレシピ:ポキの味噌と私の冷汁
「この本を読んでいると無性にお味噌を味わいたくなりました。 汁を切った鯖の水煮缶1個にお味噌大さじ3、練り胡麻大さじ2、 梅干1個、お水250ccを混ぜたら、絹漉し豆腐1丁をざっくり入れて。仕上げに、かいわれ大根をハサミで切ってひと混ぜしたら出来上がり。」
売れっ子作家で家長の娘が両親を社員として雇い、「家事」を「報酬化」する理由
主人公の女性スラは、毎日締め切りを常に抱えて、取材も常に絶えない売れっ子作家。そして彼女は家族の中でも稼ぎ頭で家長として君臨し、尚且つ両親を自社の社員として雇い入れています。彼らの住まいは自宅兼会社。生活と仕事が密着しています。 母であるポキは、味噌やキムチも手作りするほどの料理の腕前。日々栄養満点のご飯を用意して、そればかりかスラの出版業務を手伝います。 父であるウンイも、スラの買った家に妻のポキと共に住まい、彼女たちを支えています。彼は運転手や庭の整備もしながら、毎日欠かさず全ての部屋に掃除機をかけて、モップで床を磨き家中をピカピカに保っています。 スラは彼女の小説や発信から、世間的には家事や暮らしにも丁寧に向き合う作家として認識されています。その評判通り、彼女は一人暮らしのときには全ての家事をテキパキとこなし、部屋をモデルハウスのように保っていました。しかし今は全ての家事労働を両親に外注しています。それによって、彼女は心置きなく執筆に集中できるのです。 丁寧に美しく衣食住を整えるにはとても労力がかかります。日々の家事に終わりはありません。大忙しの今のスラには不可能なこと。しかしその一つひとつの作業を行ってきて大変さを理解して、敬意を持っているからこそ、スラは新しい家長として「家事」をきちんと「報酬化」することにします。 会社組織として自分の両親を雇用し、業務中は社員として敬語をお互いに使います。読んでいると、くすっとしたり、はっとしたり、ほろりとしたり。彼らの家族に感じたのは、自由さ、温かさです。そしてかつてウンイとポキがスラを育てるためにどんな苦労も厭わずに懸命に生きてきたからこそ、今この暮らしを大切にしているということがわかります。 スラは、大切な保存食の仕込み仕事の時期にはポキに「味噌ボーナス」「キムジャンボーナス」を与えています。なぜなら、それはスラにとってもなくてはならない価値のあるものだからです。彼女にとって自家製の味噌もキムジャンも生きるために必要なものなのです。 かつてスラの祖父(ウンイの父)が家父長だった頃、ポキの料理や家事労働は多くの家と同じく無償でした。しかし言い換えると、数々の料理も、手作りの味噌もキムジャンも、ポキの才能は搾取されていたことになるのです。