タイラ『TYLA』徹底解説 越境するアマピアノとアフリカンミュージックの新たな地平
デビューアルバム『TYLA』各曲解説
アマピアノやアフロビーツについて理解を深めたところで、タイラのデビューアルバムについて解説していこう。 トラックリストを見ると2分~3分台で構成されており、そこにはナイジェリア式アマピアノの影響を感じる。 再生してみると短い「Intro」を経て、2曲目の「Safer」が始まる。最初に耳に飛び込んでくるのは、複雑に絡み合うようなパーカッション。南アフリカ式アマピアノを彷彿させる始まり方だ。 そこに美しいコーラスとコードの重なりが加わり、楽曲は展開され間もなくログドラムのグルーヴが鳴り響く。 南アフリカとナイジェリアのアマピアノのエッセンスが複雑に交錯し、そして独自の創造性が注入された新たなサウンドデザインだ。 斬新な「Safer」のサウンドに酔いしれていたら、あっという間にWaterが始まる。 ”Make me sweat, make me hotter Make me lose my breath, make me water” 世界が熱狂したリフレインに私たちは再び出会う。 ここまでの流れがあまりに見事で、本作のアルバムとしての完成度、そして音楽性の高さに震えてしまった。 「Safer」のクレジットを見ると、タイラを含む総勢7人のアーティストがこの曲の作編曲に関わっていることがわかる。中でもUKのプロデューサー、Sammy SoSoが全体を牽引する重要な役割を果たしていると推測する。Samyはナイジェリアのアフロビーツ・アーティスト、ウィズキッドとの仕事でも知られる人物だ。 同曲にはさらに、ビヨンセやフランク・オーシャンとの制作で名を馳せてきたUSのトリッキー・スチュワートに、ケイトラナダやゴールドリンクらと制作してきたUKのAri PenSmithも参加している。つまり、南アフリカのタイラを中心にナイジェリア、UK、USと世界各地で活躍するトップクリエイターたちが一堂に会したことになる。 そして重要なのが1曲目の「Intro」である。 今回のアルバムで一番多く南アフリカのアーティストでクレジットされているのが、この楽曲にも参加しているKelvin Momoだ。KelvinはPrivate School Pianoというアマピアノの中でもメロウで大衆的なサブジャンルを確立した人物で、南アフリカで非常にプロップスが高いプロデューサーだ。 タイラがこの曲でアルバムをスタートさせたのは、グローバルなクイーンオブポップを志しつつも、自身のルーツは南アフリカにあると宣言しているように筆者は捉えた。 このたった冒頭3曲でサウンド、そしてその背景にある文化的コンテクストにおいても、多様な要素が交差し、緻密に融合していることが理解できた。そしてそれらの楽曲は全てポップミュージックとして超一級品。アルバムとして完璧なスタートだ。 さて、改めて「Water」をサウンド面から解説していこう。 第一印象では流麗なコード進行とキャッチーなフックが耳を引くが、インストゥルメンタルバージョンを聴くと、実はこの曲がとても細かい変化をしていることが分かる。特にエレピの細かい音色やバッキングパターンの変化や細かく散りばめられたギターが素晴らしい。 また、ベースラインが2重構造になっている点も見逃せない。クレジットを確認し、よくよく聴いてみるとエレキベースを使っているようだし、前述した通りフックでログドラムを合わせるという工夫も施されている。エレキベースで低音が物足りないということがないように低音域が丁寧に足され、その上で鳴るパーカッションの刻み方がまた素晴らしい。 楽曲の持つスムーズなグルーヴとキャッチーなメロディでつい聴き逃してしてしまいそうになるが、恐ろしくディテールが凝った楽曲であることに気づく。 この楽曲もSammy SoSoを中心に総勢9人のアーティストによって作編曲が施され、とても丁寧な仕事によって作られていることがわかる。世界的なヒットを視野に入れて制作されていたといっても過言ではないだろう。 4曲目の「Truth or Dare」も素晴らしい曲だ。 この曲は紹介の仕方を少し悩むところだが、ログドラムは入っていないためアマピアノとアフロビーツの中間として考えた方がいいかもしれない。 耳を引くのはアトモスフェリックなコードの音色とクラーベを刻むリムショットとスネア。アフロビーツのアーティストは比較的こういったクラーベの派生系のようなリズムを刻むことが多い。この「Truth or Dare」でも使われていて、通常のダンスミュージックに見られる2拍4拍といったスネアの置き方とは一線を画すグルーヴとなっているのはそのためだ。 続いて、ナイジェリアのTemsをフィーチャーした「No.1」という楽曲を聴いてみよう。 タイラの歌唱のあと、Temsの少し渋みのあるハスキーボイスが入った瞬間、一気にムードが変わりさらに曲の魅力に深みが増す。このように『TYLA』はプロダクションの素晴らしさのみならず、ゲストの人選も高く評価できる。 タイラとTemsは同じアフリカのアーティストということでお互いにリスペクトを送り合っているようで、ここでも文化的クロスオーバーしている様子がわかる。 「Butterflies」はアルバム中唯一のビートレスな楽曲。アコースティックギターのローファイな処理と芳醇で美しいベースライン、そしてタイラの艶やかなボーカルが切なく呼応する。 アルバムの流れとして素晴らしいアクセントとなり、この時点で曲順まで練られていることが理解できるはずだ。そしてビートレスな楽曲を挟むことによってビートの印象とBPMをリセットする効果を感じた。 そうして始まるのが「On And On」だ。 アマピアノにしては遅いBPM103前後のビートに808ベースを足した、トラップとアマピアノがクロスオーバーしたようなトラック。時折808がログドラムのようなフリーキーな動き方をしているのがユニークだ。 BPMが落ちて、さらにメロウなR&Bのフレイヴァーが強くなったトラックの上に乗るシルキーなタイラの歌声をの虜になってしまうだろう。 「Jump」はダンスホールとアフロビーツを組み合わせたようなトラック。そこにログドラムが足されたアイディアの大胆さに驚きを隠せない。 そしてゲストにUSのガンナとジャマイカのSkillibengである。シーンやジャンルを超えて自身の音楽を世界に広げるという強い意志とアフリカンミュージックの可能性を切り開く意欲を感じる。 その後、アルバム公開と同時にMVが公開された「Art」で再び、アマピアノとアフロビーツがクロスオーバーしたビートに戻ってくる。 この楽曲の魅力はアマピアノ由来の浮遊感のあるムードとR&B、アフロビーツのサウンドを絶妙にブレンドしている点にある。 とにかくアルバム全体を通してアマピアノとアフロビーツの解釈の落とし所が素晴らしい。これを半端にやると、とにかく格好がつかないビートになるのだが、ほとんどのビートが世界の超一流のプロデューサーが複数集まって制作するというスタイルを取っているため、アイディアの昇華の仕方が恐ろしく高度だ。 ベッキーGを迎えた「On My Body」、そして「Porioities」に関しても同じことが言える。 後者はギターが醸し出すアンビエントなムードとキャッチーさが最高だ。終盤のスネアのパターンが、南アフリカのアマピアノを連想させられる。 と、南アフリカのアマピアノのことを考えていると「To Last」が流れ始める。 クレジットをチェックしてみると南アフリカのアマピアノ・プロデューサーLuuDadeejayと、隣国エスワティニ出身のMananaなどが参加している。プロデューサー3人中2人が南アフリカ出身のため、本作で最もアマピアノの文脈に沿った楽曲だが、やはり一筋縄でいかない。 楽曲は本来アマピアノのトレードマークとなるはずのシェイカーを抑えたスタートで始まる。 そしてタイラの"To Last…”と囁くような歌声と共に聞こえてくるのがログドラムとシンセによる螺旋を描くようなフレーズ。途中からシェイカーが入ってくることによってリズムがさらに層が重なっていき、陰影のある美しいサウンドスケープが完成する。 終盤2:32~から聴かれるスネアとログドラムのパターンが本家本元である南アフリカのグルーヴであることも付け加えておきたい。南アフリカのアマピアノのグルーヴを損なうことなく3分のポップミュージックに昇華した見事な逸品だ。 そして最後に、「Water」のリフレインが鳴り響く。今度はトラヴィス・スコットをフィーチャリングしたリミックスだ。 トラヴィスのラップが乗ることによって一気にUSのヒップホップのフィーリングが加味される。USではすでにアッシャーやクリス・ブラウンがアマピアノを取り入れているが、このリミックスによってさらに世界中から注目を集めるのではないだろうか。アフリカンミュージックのさらなる広がりとシーンの活性化に影響を与えそうだ。 このアルバムは、「Water」の美しいコードとコーラスによって締めくくられる。トータル38分。現代的な長さながら、緻密に計算されたトラックリスティングが素晴らしい。