交通事故と入院を乗り越え…アルツハイマー病の東大教授が参列した、波乱まみれの「感動的な」結婚式
結婚式は延期かと思われたが…
病室は男女別々です。私はちょくちょく、晋の部屋をのぞきに行きました。 「大丈夫」 本人はそう言いますが、応急処置が施された右腕は、何とも痛々しい。見かねた次男はついにこう申し出ます。 「こんなことになったから、『結婚式は延期しよう』とふたりで話し合ったんだけど……」 「パパのことは心配しないでいいから、予定通りやったら?もう準備はぜんぶできてるんでしょ?」 晋の気持ちも同じだと感じていたので、迷いはありません。先のことを考えると、できるときにやっておいたほうがいい―私にはそう思えたのです。 黒いダブルのスーツに、真っ白な布でつるしたギプスつきの右手。思いがけない姿となりましたが、晋は結婚式に出席できました。嬉しそうに次男夫婦を見つめる傍らで、私はというと、ときどき痛みで顔をしかめる夫に気持ち半分、次男夫婦に気持ち半分、といった具合でなんとも落ち着きません。 次男も父親のことが気になるようで、 「お父さん、大丈夫かなあ」 式の合間に小声で尋ねるのです。事故の傷のこともありましたが、終わりに予定されている挨拶ができるかどうかも気がかりな様子。 「大丈夫だよ」 彼にはまだできる-私はそう信じていました。
ちょっとした「事件」
晋は人前に立つと、かえって度胸が据わるタイプです。第一、本人は挨拶する気でいるのですから、なおさら親として「普通の」役割を果たさせてあげたい。 「みなさん、ご列席ありがとうございました。どうぞこのふたりを、よろしくお願いします」 晋の挨拶はこんなふうに始まりましたが、今となっては全文を思い出すことができません。ただ、堂々たる口調で、最後は目に涙を浮かべつつ語りかけていました。 「挨拶は簡単がいいね」 そう話し合っていたので、長くはありませんでしたが、彼らしいものになっていたと思います。 こうして結婚式は無事に終わり、晋は次男に付き添われて右腕の手術のため入院。私は札幌市内のホテルに滞在することとなりました。 病院では、ちょっとした「事件」がありました。晋が深夜の病室で騒いだ、というのです。 夜中に目覚めたら、いつもそばにいる私がいない。おまけに見ず知らずの場所にいる。そんな急な変化に、理解が追いつかなかったようでした。外泊して目覚めたとき「ここはどこだろう」と思うことが、私にもあります。次の瞬間には状況を思い出すのですが、アルツハイマー病の晋の場合、それがうまくいかないのでしょう。 ともかくその晩は、病院から連絡を受けた次男が駆け付け、本人に事情を説明して落ち着かせたそうです。そして翌日からは病室に簡易ベッドを入れてもらい、私が泊まり込むことにしました。同じ場所で、同じ人と、同じように暮らす-それが、晋にとって最もストレスの少ない生活なのだと痛感した出来事でした。 『政府の高官がアルツハイマー病に…苦難を乗り越え「世界一有名な認知症患者」となった女性と私の「奇跡のような出会い」』へ続く
若井 克子