「『わかる人にだけわかればいい』は違う」――希代のトリックスターが基本に立ち返って開けた新しい世界
フリがあるからオチが生きる
どうしたら自分の芸が大衆に受け入れられるか。ザコシが出した答えは「わかりやすさ」だった。 落語をはじめとするお笑いには普遍の構造がある。なぜ「オチ」で笑えるかといえば、伏線として「フリ」があるからだ。フリがしっかりとしていれば、オチはさらに輝きを増す。 「若かりし頃はそんな定石をやらなかったですね。それをするのはダサいとさえ思っていた。結果的に笑いにつながりませんでした」 だが、考えれば考えるほど、笑いにはフリが大事だという基本から目がそらせなくなった。初心に帰ったザコシは、お笑いの学びたての若者のように、フリとオチというふたつの基本を大事にするようになった。 「福山雅治さんのモノマネだったら、最初にやる普通のモノマネがフリで、変な眼鏡をかけ大げさな動きで誇張するのがオチです」 以前だったらオチの部分だけを披露して、「わかる人にわかればいい」と思っていたという。だが、フリをしっかりとやることで、オチの笑いの量が明らかに増えた。基本に忠実に笑いを構成することが、自分の個性を前面に出すために必要な犠牲だと気がついたのは大きかったと振り返る。 「よしもとの同期の売れっ子もみんな基本にのっとった上で個性を出していた。それを間近で見てきたのが参考になりました」 それまで3回戦止まりだったR-1ぐらんぷりで優勝したのはその数年後、2016年のことだった。
自分の笑いに嘘をつきたくない
賞レースで結果を出してからは、事務所の後輩たちが教えを求めて彼のもとに集まるようになった。M-1王者となった錦鯉も、昔からザコシにアドバイスを求めていたことは広く知られている。 来るもの拒まず、去るもの追わず。その様子はまるで頂を目指す野心家が集う梁山泊のようだ。いったいどんなことを教えているのか。 「たとえばお笑いで大事なのはリズムだということ。志村けんさんも、ビートたけしさんもリズム感が良かった。後輩だったら小峠が抜群ですね。KOCの決勝で話題になった『なんて日だ!』というフレーズも、絶対にリズムを崩さない。『う~ん』とすこし溜めてから『なんて日だ!』と言うでしょう」 そして、若手に繰り返し伝えているのが客に媚びないことだ。 「たとえばテレビゲームをテーマにしたネタが一般ウケしないとする。そうすると『流行に敏感な女子高生にウケるネタにしろ』と言う人が現れる。でも、それはちがう。女子高生にボケを伝える努力をしないと、先がないと思うんです」 客に媚びるというのは、笑いのレベルを下げるということ。ひいては自分の笑いにうそをつくことだ。 「究極な言い方をすれば、テレビとは視聴者への媚びです。でも、僕は媚びずにこっちを向かせたい。そうしないと、どんどんお笑いが面白くなくなる」 「人を傷つけない笑い」という言葉が生まれて一大トレンドになる時代。お笑いがどんどん窮屈になっているとも感じるという。 「外見をいじることもタブーとされるようになった。でも、芸人って『いじりシロ』があるほうがウケるでしょう。太っている人が太っていることを言わなかったらもったいない。僕の見た目だっていじられてなんぼです」 彼自身は異端やアウトローと称されることが多いが、決して反逆者を気取っているわけではない。根底にあるのは、みんなが同じ土俵で勝負する必要はなく、自分の得意とするフィールドで戦えばいいという強い信念だ。 「天才的な面白さの人がいたら、相手のホームで戦う必要はない。『タイマンやりましょ』とこっちのリングに引きずり込む。それが僕の戦い方なんです」