「個を描き、磨き、輝かせる」中外製薬の人財マネジメント方針とは
日本企業の多くが課題としている自律人材の育成。その実践例として参考にしたいのが、がん・バイオに強みを持つ研究開発型製薬企業の中外製薬の取り組みです。 従業員数は約7700名、売上収益は1兆1680億円(2022年期Coreベース実績)と、日本トップクラスの医療用医薬品メーカーとして存在感を発揮し、安定成長を続ける同社。さらに現在は2030年に向けた新たな成長戦略としてTOPI2030(2030年トップイノベーター像)を策定し、世界最高水準の創薬の実現や先進的事業モデルの構築を目指して、成長戦略を達成するための新たな人財マネジメント方針を定めています。 中外製薬ではいかにして個人のキャリア自律を促し、組織風土の変革につなげているのでしょうか。上席執行役員の矢野嘉行さん、人事部長の髙田雄介さんに聞きました。
目指すのはトップ製薬企業ではなく「トップイノベーター」
――中外製薬が新たに掲げた成長戦略TOP I2030の概要をお聞かせください。 矢野:当社は2002年にスイス・ロシュ社との戦略的提携を開始し、以降は世界的製薬企業グループの一角として事業を展開しています。一方で自主独立経営を行い、高い緊張感のもと、日本から世界へ通用する創薬の実現に取り組んできました。現状では治せない病気を治せるよう、あるいはより治療効果の高い薬を提供できるよう、創薬技術の進化とともに私たちも成長を続けています。 そうした中、2021年には新たな成長戦略としてTOP I2030を策定し、その中で「2030年トップイノベーター像」を発表。世界最高水準の創薬の実現と先進的事業モデルの構築に向けて、患者さん中心の高度で持続的な医療を実現するイノベーターとなることを宣言しました。 TOP I 2030で示している具体的なトップイノベーター像は三つあります。「中外製薬なら世界の患者さんが期待する」「世界の人財とプレーヤーを惹きつける」「世界のロールモデル」を目指していく。これらは、私たちが到達すべき姿を具現化したものだと言えます。 ――売上・収益においてもグローバル展開においても順調に推移している中外製薬が、さらなる変革を目指している理由とは何でしょうか。 髙田:従来の中外製薬が目指していたのは、国内トップクラスの製薬企業でした。患者さんが医療サービスを通じて経験する接点を表した「ペイシェント・ジャーニー」に基づいて考えるなら、予防・診断・治療・予後にまたがるジャーニーの中で、私たちはずっと治療の領域に貢献してきたのです。 しかし今後は、ペイシェント・ジャーニー全体、つまりヘルスケア領域全体に価値を提供していかなければ、さらなる成長を実現できません。これが「トップ製薬企業像」から「トップイノベーター像」へとフォーカスを変えた理由です。まずは日本からイノベーティブな医薬品を送り出し、デジタルテクノロジーや豊富なデータの活用も進めながら、ヘルスケア領域のイノベーションをリードしていきたいと考えています。 矢野:TOP I 2030ではデジタルトランスフォーメーションに加えて、オープンイノベーションも重要なテーマと置いています。ヘルスケア領域全体のイノベーションをリードするためには、自前主義から脱却し、これまでに連携してきた製薬企業やアカデミアだけでなくIT・デジタルなど、まったく違う業種とのコラボレーションも進めていかなければなりません。 髙田:新しい領域へのチャレンジという意味では、中外製薬は技術ドリブンの創薬への投資も加速させています。当社は低分子医薬品(化学合成によって生産される医薬品)からバイオ医薬品(生物由来の物質で生産され、低分子よりも製造難易度が高い医薬品)への技術シフトを実現して、現在の成長につなげてきました。さらに次の技術領域として中分子医薬品(低分子薬よりも多くの分子量を持ち、抗体医薬など高分子薬との中間にあたる医薬品)の創薬技術の確立に取り組んでいます。実現すれば従来の医薬品では届かなかった細胞内のターゲットへもアプローチできるようになります。