伊東純也は「習性を利用して…」スピードだけではない、「1対1を仕掛ける」技術【特集:松井大輔のドリブル分析】
元サッカー日本代表でリーグ・アン(フランス)でも活躍した松井大輔氏は、自身と同じ舞台で活躍する伊東純也のプレーをどう見ているのか。天性のスピードにフォーカスが当たるが、活躍の理由は決してそれだけではない。瞬間的に繰り出される技術の神髄を、松井独自の視点で分析してもらった。(分析:松井大輔、構成:川原宏樹) 【動画】松井大輔が分析した伊東純也のプレーはこちら
●フェイントの種類が少なくても通用する理由 前回、簡単に説明したように伊東純也の魅力はスピードです。持ち前の速さがあるので、無駄なフェイントを仕掛ける必要はありません。ひょっとすると多彩なテクニックを持っているのかもしれませんが、「ヨーイ、ドン」で相手と競い合っても天性のスピードで勝てることが多いので、フェイントで相手を惑わせる必要がないのです。おそらく小さな頃からスピードだけで勝てることが多かったのか、伊東が実用的に使うフェイントは上体の動きで相手の逆を取るボディーフェイクとか、2~3種類くらいしかありません。 セオリーでいえば、仕掛けられるフェイントの数は豊富なほうが、相手を惑わせやすく抜きやすくなります。ですが、伊東に関していえば手札が少なくても抜ききれるのです。それだけスピードに優れているということを表しています。 このように速いという特長を持つ伊東の得意とするプレーのひとつに、カウンター攻撃が挙げられます。そのスピードで50メートル、60メートルとボールを運び相手ゴールまで迫ることができ、ひとりでカウンター攻撃を完結してしまいます。このことから伊東には前方に広大なスペースがあったほうが、力を発揮しやすいということがわかります。 ●右利きの伊東純也が右サイドで輝ける理由とは サイドを務める選手は、誰しも自分が勝負できる局面を理解してプレーしているはずです。プレーしているエリア、相手や味方とのシチュエーション、試合の状況や環境、時間帯などさまざまな要素を考慮しています。スペースもそのひとつに挙げられ、勝負するにはスペースが必要といっても個人差が出てきます。伊東でいえば三笘薫や久保建英が必要とするスペースより広いほうがいいといえ、前方にスペースが広がっている状況でボールを受けられれば、絶大な力を発揮することでしょう。 右サイドを務めることが多い伊東は右利きです。近年、サイドから内側へカットインを仕掛けてシュートを狙う選手が多いなか、伊東は縦方向に相手を抜ききって正確なクロスボールを供給できます。 サッカー選手のアスリート化が進むなか、スピードやインテンシティに優れた選手が多くなったため、なかなか縦方向へ相手を抜ききることが難しくなっています。そういった背景のなかでも、ずば抜けたスピードを持つ伊東は縦方向へ抜ききることができる稀有な選手として価値の高さを示しています。 それでも、リーグ・アンはアフリカ系の選手を筆頭にスピードに優れた選手が多いリーグで、伊東でも抜ききれない状況は多々あることでしょう。それを踏まえて、2月18日に行われた第22節RCランス戦のアシストとなったシーンを見てもらいたいです。 ●「習性を利用して…」クロスを上げる瞬間の技術 右サイドでボールを受けた伊東は、ゆっくりとした速度で相手との距離を詰めていきます。2~3割といった速度でゴール前の状況を確認しながら、アタッキングサードへと進入します。ゴール前の状況が整ったことを確認すると、縦方向へ蹴り出してスピードアップ。相手をかわして蹴った低い弾道のクロスがアシストになりました。 このときの伊東は相手を抜ききっていません。ボールを受けると同時にスピードを上げて、1対1の勝負を仕掛けることも可能だったように見えます。しかし、ここでは味方がゴール前まで行ける時間をつくることも考えたのでしょう。ゆっくりとボールを運び、その時間をつくっています。そして、ゴール前で有利な状況ができると同時に仕掛けて、クロスを入れています。 このプレーの最大のポイントは、クロスを蹴るひとつ前のボールタッチになります。伊東はボールが自分の体から離れすぎず、蹴りやすいポイントへとボールを動かしています。伊東のスピードを考えれば、もっと強く蹴り出してゴールライン際まで運んで相手をかわすことも可能かもしれません。しかし、体からボールが離れることによって、相手は足を出してきます。仮にゴールライン際まで運んだ場合、相手は体を投げ出してブロックに来たのではないでしょうか。 それよりも確実にゴール前へクロスを送るための選択として、相手が足を出しにくいように自分の体からボールを離さずに、すぐにタッチできる位置へ運んだと考えられます。すぐにタッチできる位置にボールがあると、対峙した相手は簡単に足を出すことができません。その習性を利用してクロスを入れられる隙をつくっています。また、さらに相手の足が届きにくいように少し外側へ運んでいます。 ●伊東純也がサイドからチャンスを生み出すロジック 伊東のプレーから少し話がずれるのですが、こういった状況では全開のスピードでプレーしないことを心掛けたほうがいいと思います。どれだけレベルの高いトッププロでも、フルスピードのなかで行うボールタッチにはミスが生まれやすくなります。このシチュエーションであれば、縦方向へ蹴り出して全速力で相手を抜ききったとしても、その後のクロスを正確に蹴れない可能性が高まります。伊東はそういったことも理解していたからこそ、抜ききらずに相手を体ひとつ分ほどかわしてクロスというというプレー選択をしたと考察できます。 伊東が右サイドからチャンスメイクできるロジックの一端を解説してきましたが、もうひとつ挙げておきたい特長があります。それは献身性です。後方へプレスバックし、ボール奪取に貢献します。その上下動はときにサイドバックのような働きを見せることがあります。 余談になりますが、僕がプレーしたフランスをはじめヨーロッパのほとんどの国は、ウイングやサイドハーフがプレスバックに戻ることはほとんどありません。1対1のシチュエーションであれば数的優位をつくりにいかなくても、サイドバックの責任下で防ぎなさいというスタイルが浸透しているように感じました。逆に、攻撃側からいうと1対1で仕掛けられるシチュエーションが多くなるといえますよね。 Jリーグではサイドから勝負を仕掛ける選手が少ないといった声を聞くこともありますが、日本人選手は伊東のように献身的に守備へ参加する選手がほとんどです。それゆえ、守備側に有利な状況が生まれやすく、勝つ算段を立てづらいので仕掛けられない場合が多いのです。 このような国によるスタイルの違いを、観戦時に感じてもらえるとうれしいですね。 (分析:松井大輔、構成:川原宏樹)
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