世界は「構造」でできている…ひとりの言語学者が発見した「驚きの仕組み」
12の二項対立
たとえば、「/t/と/d/」のような対立があるとします。/t/は「無声」(声に出したとき、声帯の振動を伴わない音)で、/d/は「有声」(声に出したとき声帯が振動する音)という「弁別特性」があります。「足す」では無声(/t/)を、「出す」では有声(/d/)を最初の音素として用いて、「足す」、「出す」という別の単語が生み出されます。 他に「母音的/非母音的」という弁別特性の例として、「赤い(akai)」、「高い(takai)」などが挙げられます。ここでは母音(/a/)と非母音(/ta/)を最初の音素として用いて、「赤い」、「高い」という別の単語がつくられています。こうした弁別特性の束こそが、音素に他ならないのだとヤコブソンは考えました。ヤコブソンは、ここで見た2つの弁別特性の他に、弁別特性には12の基本的な二項対立があることを指摘しています。 日本語やルーマニア語、タイ語など世界中には様々な言語があります。そのあらゆる言語は、音素のそれぞれに内在的な意味を持っているわけではありません。弁別特性の持つ音素相互の対立こそが意味を生み出すのです。しかし、私たちの生活を振り返れば実感できるように、それぞれの言語を日常的に使っている人たちは、そうした音素の対立を理解していないし意識さえしていません。 ヤコブソンはこのように単語を音素に分解した上で、弁別特性の「差異」に基づいて単語の意味が決められていく言葉の成り立ちを解明したのです。そのことは、ふだん私たちが喋っている言葉には(当の本人は意識していないのですが)、厳密なルールが隠れていることを示しています。そこにこそ構造主義の重大なヒントがあるのです。 さらに連載記事〈なぜ人類は「近親相姦」を固く禁じているのか…ひとりの天才学者が考えついた「納得の理由」〉では、人類学の「ここだけ押さえておけばいい」という超重要ポイントを紹介しています。
奥野 克巳