BTSのV、“憧れの人”故ビング・クロスビーの「White Christmas」コラボが実現した経緯とは?
2021年10月にプライマリー・ウェーブ・ミュージックが、故ビング・クロスビーのエステート(遺産管理会社)の株式を初めて取得した時、新参者たちは一堂に会し、2つの目標を掲げた。 「White Christmas」など、季節の定番曲の20世紀的決定版を歌った故ポップ・アイコンについて、「一つは、ビングをクリスマスとホリデー・シーズンの王にしたいということです、毎年、毎シーズン」とシニア・マーケティング・マネージャーのジャック・レヴィーンは米ビルボードに対して振り返った。「そして二つ目は、ビングと彼のカタログに関して、世界中の若いオーディエンスをワクワクさせ、教育し、惹きつけることです」と述べた。 この二つの目標の鍵を握ることになる人物は、約1.1万km離れた場所で、韓国のボーイズ・グループBTSの一員として時代を定義するようなキャリアの絶頂期にあった。BTSは2021年、10週にわたって米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100"の首位に輝いた「Butter」を筆頭に晴れやかなダンス・シングルを次々と発表し、K-POPに再び世界的な注目を集めた。洗練されたビジュアルとキレのある振り付けで観客を魅了する彼らは、拡大を続けるA.R.M.Y.と呼ばれる熱狂的なファン層の絶え間ない支持を受けている。Vとして知られるパフォーマーは、世界的に見ればその年に最も洗練された最先端のコンテンポラリー・ポップの波を牽引する7人の若者のうちの1人だった。だが、キム・テヒョンとして育った彼は、私生活ではまったく異なるジャンルの音楽であるジャズを敬愛していた。そして彼のお気に入りのパフォーマーは他ならぬビング・クロスビーだった。 つまり3年後に、「White Christmas」の最新版でVとクロスビーの歌声が世代と時を超えて一つになり、Vが憧れの人をデュエット・パートナーと呼べることになったのは宿命とも言えるだろう。クロスビーの膨大な個人アーカイブで見つかった非常に珍しい音源と、声のみを抽出する技術、そして再演奏されたインストゥルメンタルを基に作り上げられたこの楽曲は現地時間2024年12月6日にリリースされた。だが実際にはこのプロジェクトは、象徴的なスターのレガシーをただ保存するだけでなく、時代に合わせて変化させながら前進させる方法について、プライマリー・ウェーブが長年クロスビーの娘メアリーと息子ハリーと協議を重ねて調整してきた結果だ。 新しい「White Christmas」が完成するまでのストーリーには、ビングを長年愛してきたというVの数々の投稿から、プライマリー・ウェーブが音源を発見したことまで、出発点といえるような逸話が数多く散りばめられている。この音源は、1950年代の親密なラジオ・パフォーマンスで、 過去には限定盤のフィジカル製品でしかリリースされておらず、クロスビーと故デヴィッド・ボウイが1977年に世代を超えてデュエットした「Peace on Earth/Little Drummer Boy」の魔法を、新たな現代のスターの力を借りて再現するのに完璧なレコードだった。だがこの二つの世界が結びついた瞬間こそが、最も運命的なものだった。プライマリー・ウェーブのサラ・ネキッチ(デジタル&オーディエンス・エンゲージメント担当者)が空き時間にX(旧Twitter)をスクロールしていたところ、2022年7月にVが投稿したVlogで、彼が車の中でクロスビーの「It’s Been a Long, Long Time」を歌っているのを見つけた。その時点で、同レコード会社がデュエットのアイデアを検討してから数か月が経過していた。誰が故人のレジェンドとトラックで共演するのにふさわしいかという明確な選択肢がなく、頓挫していたのだ。 ネキッチは、Vの動画を見た時のことについて、「完璧すぎました。彼は、若かりし頃のビング・クロスビーにとてもよく似た美しいジャズのような歌声の持ち主でした。この二人が一緒に歌うべきだということは明白でした」と回顧する。 ハリーとメアリー・クロスビーを含むチームの他のメンバーも同様に感銘を受け、プライマリー・ウェーブはすぐにHYBE x GeffenのVの陣営に接触した。「彼らはとても協力的でした」とレヴィーンは言う。 エステートは、Vが参加したデュエット曲が実際にどのようなサウンドになるかを明確にする作業に取り掛かり、経験豊富なジャズおよびクラシック・ポップのプロデューサー、グレッグ・フィールドに音楽の監督を依頼した。一方、 ビングのチャンネルにVのカバーした「It’s Been a Long, Long Time」を投稿し、A.R.M.Y.の関心度の高さに圧倒されていたネキッチは、勢いを維持するために引き続きSNSでBTSのファンと交流を続けた。 メアリー・クロスビーは、「Vが大ファンだったという事実は、私たちにとってとても心強いものでした。彼が現れるまでは、ふさわしい人物はいなかったのです。Vのおかげで、父はまったく異なるオーディエンスにアピールできるでしょう」と振り返っている。 すべてがうまくまとまりつつあったが、それらを結びつけるには予想以上の時間がかかった。他のプロジェクトが繰り返しデュエットを優先順位リストの下の方に押しやることになったためだ。「まだ1月や2月には誰も考えていないことが、クリスマスに関することです」と、レヴィーンは笑いながら説明する。 しかし2022年の終わり頃、この計画が再び動き出す出来事が起こった。同氏は、「BTSのメンバーがそれぞれ(韓国軍に)入隊すると発表したのです。新たな危機感が生まれました。私たちは見えない締め切りと競争していました」と続ける。 フィールドが以前は曲作りに時間をかけることができていたとしても、その時点でもうそれは不可能だった。ジョン・ウィリアムズやハービー・ハンコックと仕事をした経験を持つこのプロデューサーは、ロブ・マウンジーによるまったく新しいインストゥルメンタル・アレンジメントを使用してトラックを組み立て、リズム・セクションのバッキングを米ロサンゼルスで、オーケストラとコーラス・パートをヨーロッパで録音した。“2024年の耳”に受け入れられるような完成品を作るには、すべてを新しくすることが不可欠だったとフィールドは言う。また、iZotope社のミュージック・リバランス技術を使ってラジオ録音からクロスビーのボーカルを分離し、まるで“昨日録音されたかのような”サウンドに蘇らせるプロセスも同様だった。音楽において、古びた絵画や老朽化した建物を修復するようなことだ。 フィールドは、そのプロセスについて、「それは完璧な例えです。長年蓄積された粗をすべて取り除き、そこにあるものをあらわにします」と米ビルボードに述べた。 パズルの最後のピースは、Vの貢献だった。彼は2023年12月に18か月間の兵役義務を開始する直前にリモートで録音した。彼の生来の才能はフィールドを圧倒した。「Vが下した音楽的な決断は(的確だった)、彼が誰と一緒に歌っているかを理解していたんです」とプロデューサーは語っている。 今年初めにようやくミックスが完成すると、プライマリー・ウェーブがすべきことは、11月に発表するまでコラボの事実を秘密にしておくことだけだった。Vの最大の支援者たちはこの発表を心から喜んだ。ネキッチの報告によると、それ以来、クロスビーのアカウントにはA.R.M.Y.からの心温まるメッセージが殺到しており、クロスビーのフォロワー数はX上で“ほぼ一夜にして”倍増し、発表から2週間でエンゲージメント数は30万%も急増したという。 彼女によると、A.R.M.Y.のコメントの多くは、発表時に「憧れの人の歌声と“White Christmas”を一緒に歌うことができてとても幸運で光栄に思っています」と述べたVに対する、真の誇りと喜びを表していた。 メアリーにとって、このプロジェクトは父親が生前に大切にしていたことのすべてを象徴している。彼女は、「テープに音声を録音するなど、父がテクノロジーに関して成し遂げたことをみると……[中略] 父は常に時代の先を行き、音楽的な実験に非常に興味を持っていました。Vとのこのコラボレーションはその延長線上にあるものです。(ビングの時代を生きた)多くの人々は、このことを理解できないでしょうが、父ならできたと思うんです」と語っている。 1977年に亡くなった父がもし今も生きていたら、Vとデュエットすることを選択しただろうかという問いに対して、メアリーは、「父なら飛びついたでしょうね」と答え、「父はあらゆることに挑戦し、あらゆる人と歌いました。それが父を刺激したのです。ビング・クロスビーに影響を受けたという人気歌手は数多くいますが、父は常に100%の状態で、誰かから音楽的に影響を受ける準備ができていました」と続けている。 3年間の準備期間を経てついにこの楽曲が世に出たことで、プライマリー・ウェーブはクロスビーのエステートとの関係が始まった当初に掲げた目標を正式に達成した。しかし、A.R.M.Y.の息を呑むような支持と、テクノロジーを通じて想像以上に多くの扉が開かれるという認識に後押しされたチームはさらに大きなことを考え始めている。ネキッチは、このデュエットが“新しいクリスマス・クラシック”になることを期待している。つまり、クロスビーとVの関係の終わりではなく、出発点となるような曲だ。そして、「今年のクリスマスにビルボードのチャートで1位になってほしいです。高望みをしていますよ」と彼女は語った。そしてその点について、レヴィーンは非公式の第3の目標も追加した。「クイーン(オブ・クリスマス)への敬意(を表した上で)……今年はマライア(・キャリー)を上回ることを期待しています」と彼は米ビルボードに語った。