砂や道路で「送電」するNTTのワイヤレスエネルギー伝送技術 月面探査やEVに応用
NTTは、研究開発の成果を発表するイベント「NTT R&Dフォーラム 2024」を11月25日~29日にかけて開催している。NTTグループ会社からの招待制イベントで、会場は東京・武蔵野市のNTT武蔵野研究開発センタ。 【この記事に関する別の画像を見る】 イベントの主要な話題はIOWNと生成AI「tsuzumi」の2つだが、本稿では、宇宙開発関連で展示され、地球上でもEVなどに応用を見込むワイヤレスエネルギー伝送技術についてレポートする。 ■ 月面探査・アルテミス計画での採用を狙うワイヤレスエネルギー伝送技術 宇宙エリアを対象にした開発では、「ワイヤレスエネルギー伝送技術」が披露されている。論文などはいくつか発表しているものの、まとまった形で発表するのは今回が初めてとのこと。 ワイヤレスエネルギー伝送技術は、JAXAと協力しながら、アルテミス計画4(Artemis-4)で想定される月面探査車への採用を狙うもの。 同計画では、年間を通して日が当たらない月の永久凍土エリアの氷を採掘する予定で、探査車のバッテリー稼働時間や、バッテリー動作に適さない低い気温といった環境が課題になっている。 ワイヤレスエネルギー伝送技術は、「電界共振」技術により月表面の砂を介して電力を伝送するもの。アルテミス計画向けとしては、まず月面の南極など長時間日光が当たる場所で太陽光発電を行ない、そこからレーザーエネルギー伝送(これもNTT開発の技術)で送信する。つぎに、探査車の活動エリア近くでレーザーエネルギー伝送を受信し、電界共振に変換、砂の表面に表面波を形成する形で送電する。さいごに、探査車の底に搭載した電界共振用アンテナで受電することで、探査車はバッテリーなしでの稼働が可能になる、という内容を提案していく。 会場では電界共振のデモンストレーションも実施。表面波が形成された砂の上にローバーを近づけると受電を開始してモーターが回転、砂の上を、バッテリーを搭載しないローバーが前進する様子が披露されている。 磁界共振は「磁性体」がないと距離を伸ばせないのに対し、電界共振は誘電体など身の回りにあるもので距離を伸ばすことが可能。月面の砂を介するのもこの性質で、砂の表面がケーブルの役割を果たす。 また、電力が砂の表面から放出されるのではなく“閉じ込める”のが重要なポイントとのこと。電力を無線で送信するだけなら電波を使うなどほかの仕組みもあるが、電波は拡散するため効率が大きく劣る。電界共振による表面派での送電はエネルギーを表面に閉じ込める形になり、有線ケーブルのように対象に効率よく送電できるのが特徴。 この際の誘電体は、砂、水、(水分が多い)人体など、ありふれたもので、伝送のために特別な誘電体を設置する必要がない。もともとある誘電体をケーブル代わりに使い、あたかも無線と同じような使い勝手で、なおかつ有線のような高い伝送効率を実現する。 狙った方向に表面波を絞り込む指向性はないものの、誘電率の高い素材や金属は電界の波を引きつける特性がある(電界エネルギーは通りやすい道を通る)ため、意図的に誘電率の高い道を作ることが可能。直線でなく曲がっていてもOKという。 月表面での活用を想定した開発では、砂を加工するなどして誘電率の高いエリアを意図的に形成する研究も行なわれている。月表面の砂は金属酸化物が主成分のため、レーザーで熱を加えると金属だけに還元が可能で、金属による効率のよい“エネルギーの道”を形成できる可能性があるとしている。 ■ 地球上での実用化が先? EV「走行中の受電」に現実味 この技術は地球上でも応用が可能。例えば、高速道路のアスファルトに電界共振で表面波を形成し、EVなどが走行中に受電するといったことが考えられ、すでに自動車メーカーと話し合いも始めているという。一方、今回発表されている電界共振の技術は、すでに広く利用されている磁界共振と比べてあまり研究されてこなかった分野とのことで、開発を鋭意進めている段階。 アスファルトは電界共振の誘電体になる可能性は高いが、思ったような効果が得られなかった場合、銀ペーストのような塗料をアスファルト表面に施すことで、電界共振の“道”を形成できる可能性がある。従来の磁界共振は金属コイルを道路に敷設する必要があるため、コスト的に現実的ではないとされるが、電界共振ならペンキを塗る感覚で敷設が可能。 流せる電力量も磁界共振と比べて優れているという。大きな電力を流す場合、磁界共振ではコイルに大きな「電流」を流す必要があり、EV側にも太く、重く、高コストな銅コイルをアンテナとして搭載する形になり、自動車メーカーは敬遠しているとのこと。電界共振方式は高い「電圧」をかけることで大きな電力を送る仕組みのため、アンテナ側は薄い金属の板だけで済み、自動車側に搭載するアンテナは薄く、軽く、低コストで実装できる。受電が可能な地面との距離は50cm程度までを想定している。 また、例えば工場やオフィスにて、金属の床の上でロボットが受電しながら稼働するといったケースも考えられるとのことだった。 電界共振の技術にまだまだ課題はあるとするものの、「走行中の受電」という技術において、磁界共振と比べて実現の可能性は圧倒的に高いと見込んでいる。
Impress Watch,太田 亮三