「楽しいことが基本ですよね」……500冊以上の書籍を編集した名物出版人が語る
「編集を愛して アンソロジストの優雅な日々」松田哲夫さん
筑摩書房で長く働き、赤瀬川原平『老人力』をはじめ、500冊以上の書籍を担当した編集者が自らの仕事を振り返った。「気がつけば、色々なところに文章を書いていました。自分の『雑文集』を作ってみたいと思ったんです」
都立大在学中に作家で前衛美術家の赤瀬川さんと知り合って編集の世界に興味を持ち、1970年に大学を中退して入社した。赤瀬川さんらが提唱した街中の面白い建物などを探す「路上観察学会」の思い出や装丁の魅力について書いた文章などが並ぶ。
テーマ別に名作を収めたアンソロジーシリーズとして88年に刊行を始めた「ちくま文学の森」の記述は、とりわけ内容が深い。編者は、画家の安野光雅、数学者の森毅、作家の井上ひさし、ドイツ文学者の池内紀さんだった。編集会議は毎回盛り上がり、社内では売れ行きを心配する声もあったが、「僕たちがこんなに楽しかったんだから、同じように思ってくれる読者はいるよ」と言ってくれたという。
「楽しいことが基本ですよね。苦しい顔をして仕事をしても、世界は広がりませんから」。このシリーズの成功を機に、「中学生までに読んでおきたい日本文学」など数多くのアンソロジーを手掛けることになった。「自分なりの世界を作れることがアンソロジーを編む楽しさです。現在はネット上に様々な材料があり、自分好みの味がつけられる。デジタル時代も編集の仕事の大切さは変わりません」
77歳になった現在は、パーキンソン病などをわずらって介護付き老人ホームで暮らす。闘病生活が続く中、今著の感想の手紙を同世代の出版関係者から受け取った。
取材中に手紙を見ながら、ふと「引退した編集者の回想録が作れないかな」と語った。今も豊かなアイデアに、あふれている。(筑摩書房、2090円)待田晋哉