「命を削った」事業での挫折もバネに 「平和の鐘」製造の老舗が経営再建を託すウイスキー蒸留器
鋳物製造を手がける老子製作所(富山県高岡市)は、釣り鐘で国内トップシェアを誇り、広島市の「平和の鐘」の製造などで知られています。しかし、大型機械製造からの撤退やコロナ禍の影響で、2021年に民事再生法を申請。15代目社長の老子祥平さん(48)が自力再建を進めています。その要となるのは、世界で初めて鋳物技術で作るウイスキーの蒸留装置「ZEMON」の製造です。資金繰りは厳しい状況が続きますが、ZEMONは英国で特許を取得したり、経済産業省から表彰されたりするなど、再生への光が差し込み始めました。15代目の奮闘や再建戦略を前後編で紹介します。
「平和の鐘」「復興の鐘」を製造
高岡市は「高岡銅器」の名で知られる良質な鋳物の産地です。この地にある老子製作所は銅製の美術鋳物に強みを持ち、寺院などで使われる釣り鐘市場では全国シェア7割を占めています。現在の従業員数は10人で、年間売り上げは約1億3千万円です。 老子製作所の手がけた美術鋳物は有名スポットに置かれた物が少なくありません。例えば、広島市の「平和の鐘」のほか、新潟県佐渡市の「佐渡日蓮聖人大銅像」、岩手県釜石市の「復興の鐘」など、数多のモニュメントを全国で手がけています。
スポンサーなしの自力再建を図る
しかし、その経営は苦しいものでした。釣り鐘や銅像といった美術鋳物は、市場が極めてニッチなうえ、めったなことでは壊れないので受注が先細る一方です。また、美術鋳物は受注単価がとても高額ですが、突発的な需要がほとんどを占め、タイトな資金繰りが常態化していました。 このため、老子製作所は1960年ごろから、大型の切削機械の鋳造事業に着手した過去があります。しかし、産業機械の小型化が進む流れの中で、90年代には機械の鋳造事業から撤退しました。 負債を積み重ねながらも、老子製作所の歴代社長は経営努力を続けてきました。しかし、コロナ禍による景気の冷え込みが最後の一打となり、2021年、老子製作所は民事再生法の適用を申請します。当時の負債総額は約10億6千万円。現在15代目の老子さんが、スポンサー無しの自立再建を図っています。 会社の現状について老子さんは「借金のプレッシャーが軽くなったので、美術鋳物の売り上げだけでも経営が成り立つようになりました。今のところ再生計画に沿った業績をあげることができています。しかし、銀行からの借り入れができない状態なので、苦しい資金繰りが続いています」と語ります。 民事再生法の申請後は人目が気になり、外食もままらないときもあったとのことです。一方、民事再生法を申請してまでも事業継続を模索する姿勢を、応援してくれる知人の経営者もいました。 再生計画の要となるのが、鋳物製ポットスチル「ZEMON」の製造事業です。この事業は、再生法を申請する前の17年に立ち上がり、若鶴酒造(富山県砺波市)、富山県産業技術研究開発センターと共同で進めています。 ポットスチルとは、ウイスキーの蒸留を担う装置のことです。普通は鍛造によって作られていますが、鋳造で作ったのは老子製作所が世界初でした。ZEMONならではの特性から生まれる味わいが関心を集め、国内外のメディアで取り上げられるなど高い評価を受けています。 収益化にはまだ時間がかかるものの、再生計画における中長期的なビジョンを示すうえでZEMONが欠かせない要素となりました。美術鋳物の売り上げだけで経営が成り立っているとしても、将来的な成長の可能性を関係者から求められたということです。 老子さんは「ZEMONをはじめとした機械鋳物と、会社のルーツである美術鋳物を合わせて、未来を築こうとしています」と語ります。