「真夏に箱の中でパンツ一丁」俳優・浅野忠信が撮影中に感じた「箱男」になる快感とは?
安部公房さんがはたしてどんな気持ちでこの小説を書いたのかわからないが、少なくともこの作品を知っていて尚且つそれを実際に経験したのは佐藤浩市さん、永瀬正敏さんと私ぐらいだと思う。ヤドカリが宿に隠れ、あたかもただの貝殻のふりをするように、なんでもない場所で“物”として世界を見ると、とてつもなく自由な気持ちになれるし、何かがリセットされ続けている感覚になった。 ただそれと同時に、そこにもう一つ同じ箱男の存在があった時に物凄く邪魔された気持ちになり、普段よりも自分が見られている気持ちになるのも確かだったと思う。勿論仕事なので佐藤さんや永瀬さんが邪魔だとは一切思わなかったが、同じように箱に入っている時に箱の中の世界や居心地、独特な時間の流れが深く理解できるので目の前に自分ではない別の箱男がいると逆に恥ずかしくなったりもした。 この撮影がコロナ後で良かったと思う。なぜならみんながマスクをして自分の口を隠す生活を経験したから、あれこそ一種の箱男的感覚を試せる時間だったと思う。自分の口を隠し表情を読み取られず、時には声に出さず想いを口にすることができるのは時になんとも言えない自由のようなものを得た感覚になったのを覚えている。コロナ禍が明けてからもマスクをしたいと思う時が自分にもあったのだが、撮影を終えた時にやはり、もっと箱に入っていたかったと思ったこともあったので、映画を見たり小説を読む人によっては共感できる気持ちがそこにあるかもしれないと思う。 真夏のエアコンのない現場で箱に入り中腰で歩いたり喋り続けたり、時には転がったり、アクションをしたり、忘れられたり、みんなの素の状態を凝視したりと、この異様な体験をできたことを安部公房さんに感謝したい。そしてできれば安部さんに伝えたかった。 この映画を見た方や小説を読んだ方がひょっとしたら箱に入り町のどこかで佇むことを試しているかもと思うと笑ってしまうが、その時はほっといてあげようと思う。 [レビュアー]浅野忠信(俳優) 1990年に松岡錠司監督の「バタアシ金魚」でスクリーンデビュー。近年では「大名倒産」(2023/前田哲監督)、「首」(2023/北野武監督)、「湖の女たち」(2024/大森立嗣監督)や配信ドラマ「SHOGUN 将軍」(2024/ Disney+)など国内外問わず多くの作品に出演。公開待機作に「かなさんどー」(照屋年之監督)、「モータルコンバット2」(サイモン・マッコイド監督)、「レイブンズ」(マーク・ギル監督)、「Broken Rage」(北野武監督)他がある。 協力:新潮社 新潮社 波 Book Bang編集部 新潮社
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