【連載 泣き笑いどすこい劇場】第27回「その気持ち、分かります」その4
師匠の運勢を勝手に占ってはいけない
いやあ、その気持ち、よく分かるよ、と肩の一つも叩きたくなるような、納得がいく話でも紹介しましょうか。 勝負をしているワケですから、土俵の周りは不本意なことだらけです。 時には、ワナワナと怒り狂い、あるいは喜び過ぎて脱線することも。 でも、そうなるには、ちゃんと理由が。 そんな人間の心のひだをつまびらかにするような面白エピソードを。 ※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。 【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第5回「ご褒美」その3 土俵下の悲劇 土俵下から勝負を見つめる審判委員の親方たちも、ある意味で命がけだ。100キロを超える巨漢たちが勢いよく土俵上から落ちてくるのだから。それも、時には2人そろって。 平成20(2008)年秋場所7日目、新十両で東十両12枚目の山本山が東十両5枚目の光龍に派手に押し倒され、勢い余って土俵下に頭から突っ込んだ。 このとき、2つの問題があった。1つ目は山本山の体重だ。この場所、十両に上がるというので、前の場所から20キロも増量し、252キロという日本人関取としては史上最重量になっていたのだ。まさに動く肉のかたまり。2つ目はその山本山が突っ込んだところに井筒審判委員(元関脇逆鉾)が陣取っていたことだ。 まともに252キロの直撃を受けた井筒審判委員は悲劇だった。山本山がうずくまったまま、しばらく動くことができず、慌てて駆け付けた呼び出しらの手を借り、ようやく立ち上がったものの、メガネは吹っ飛び、目はうつろ。十両の取組が終わり、審判委員室に引き揚げてきたあとも、 「右の小指を擦りむき、腰も痛い。下敷きになったとき、軽い脳震とうを起こし、一瞬、分からなくなった。まるでクルマにハネられたみたい。まあ、(被害者は)自分だけで、お客さんにケガがなかったのが、せめてもの救いです」 と放心状態だった。そのクルマの車種、きっとダンプカーか、ブルドーザーでしょう。 愛弟子の鶴竜(当時東前頭5枚目、のち横綱、現音羽山親方)はこの師匠の不運をこう言って同情した。 「親方、今日の運勢が悪かったからなあ。(いいほうから)12番目ぐらいでした」(それって最下位?) 師匠の運勢を勝手に占ってはいけない。 月刊『相撲』平成25年1月号掲載
相撲編集部