Live2Dモデラー・乾物ひものに聞く、VTuberの“パパ”としての幸せとクリエイター論
バーチャルYouTuber(VTuber)をはじめとする、“バーチャルタレント”シーンを様々な視点から見ているクリエイター・文化人に話を聞く連載『Talk About Virtual Talent』。 【写真】Live2Dモデラーとしての幸せとクリエイター論について語る乾物ひもの VTuberが自身の身体を動かすのに利用されるシステム『Live2D』。これはカメラによるトラッキングを用いて、顔や身体の動きをアバターに反映させるというもの。そして、Live2Dモデルを利用するVTuberの間では、イラストレーターを「ママ」と、動作の制御を設計するモデラーのことを「パパ」と呼ぶ文化がある。 どちらもVTuberたちにとって欠かせない存在で、イラストレーターがVTuberの「身体」をかたどる存在だとすれば、Live2DモデラーはVTuberに「生命」を吹き込む役割だといえる。しかし、彼らがどのようにLive2Dモデルを制作していて、どういった技法が使われているのか。なかなか知る機会は少ない。そこで今回は、Live2Dモデラー・乾物ひもの氏へインタビューを実施。 VTuberがLive2Dを活用し始めたころから独学でモデリングを学び、自らもVTuberとして表舞台に立つ同氏。業界における先駆者のひとりとして知られ、いまなお研鑽を続ける彼女に、クリエイターとしての悩みや葛藤、心を掴んで離さないLive2Dの魅力や「生命」を吹き込む創作論について、存分に語ってもらった。 ・『Live2D』を使うVTuberと出会い、衝撃を受けたことで自身のデビューにつながる ーーまずは乾物ひものさん(以下ひもの)が『Live2D』のモデラーを目指したきっかけについて教えてください。 ひもの:私はもともとフリーのイラストレーターとして活動しながら「ニコニコ動画(ニコニコ生放送)」で実況活動もしていたんです。2017年ごろのことですね。そのときに、今でも大好きな富士葵ちゃんのことを知って、VTuberの方を応援する楽しさに目覚めたんです。 それでいろんな方を見ていたら、さはなさんというVTuberに出会ったんです。当時はまだ『Live2D』を使ったVTuberが少ない、まさに黎明期のころで、活動されている方はほとんどが3Dモデルを使用していました。そんななか、さはなさんはイラストも動きもすべて自分で制作していて、しかも当時、さはなさんは生首だったんですよ。首から上しかないモデルで活動されていて、けれど喋りがすごく面白くて。モデルを自分で作っていらっしゃるのを見て「自分でも作れるものなんだ! なんておもしろい世界だろう」と衝撃を受けましたね。 ーーそこから自分もつくってみようと? ひもの:そうです。私自身がイラストレーターでしたし、当時は音声だけで実況活動をしていたので、自分のイラストで動くことができたら、私の表情やリアクションをより視聴者さんに伝えることができるのではないかと思ったんです。 ーー当時は、どのようにモデリング技術を学ばれていたのでしょうか? ひもの:制作は2018年ごろから始めていて、まず最初は公式サイトを見あさりました。それで一応動かせるようにはなったんですが、問題は「トラッキングアプリ」に取り込むところで。使っていたのが『FaceRig(フェイスリグ)』というアプリだったんですが、当時はそれでしかLive2Dを動かせなかったんです。 しかも、今のアプリはLive2Dモデルのファイルを読み込めばキレイに動いてくれるんですけど、当時は3Dモデルを動かすのが主流だったんです。なので設定ファイルを書き換えたり、特別な記述を追加する必要があったり、プログラミングまではいかずとも少し専門的な知識が必要だったんです。 英語のアプリだったこともあって本当に情報がなくて。使いこなすのにかなり格闘していました(笑)。わからないところがあれば、公式に直接メールで問い合わせたりもしていましたね。 ーーまだ「バーチャルYouTuber」という言葉が生まれる前から存在するアプリですもんね。そのあたりの転換点となった出来事として、記憶に残っていることはありますか? ひもの:2021年に『VTube Studio』というアプリが発売されたのですが、それはかなり衝撃的でした……。横を向くような左右の動き、縦の動きにくわえて、カメラに近づくみたいなことができるようになったんです。初めて『Live2D』で“奥行き”が表現できるようになったのは、すごく大きな変化だったように感じます。 それから、私も開発にたずさわらせていただいた『nizima LIVE』も誕生しましたし、その時期を境にどんどん手軽にLive2Dモデルを扱えるようになっていったなと思います。 ・スランプを乗り越えて出会ったクリエイターたち ーー現在はVTuber、そしてモデラーとしてもご活躍されているひものさんですが、一時期スランプにより活動休止をしていた時期がありましたよね。 ひもの:そうですね。心理学の用語で、「ダニング=クルーガー効果」ってご存知ですか? 平たくいうと、初心者のころは自分に自信を持てるけれど、上達したり、目が肥えたりしていくと自信を失っていく、というものなんです。 まさに私はその状態におちいっていました。始めたころは本当に楽しかったし、「私、天才じゃん!」くらいの自信を持っていたんです(笑)。でも、たくさんのプロの方の作品を見るうちに、自分の技術不足を痛感するようになってしまいました。 成長するにつれて、自分の作品に違和感や破綻があることに気づき始めたんです。ただ、気づいたとしてもそこからどうしたらいいのかが分からなかったんです。そのもどかしさから“技術の差”を感じるようになって、少しずつ自信をなくしていきました。 ーーそこから、どのようにしてその壁を乗り越えたのでしょうか? ひもの:思い切って、2、3か月くらい制作から離れたんです。VTuberデビューしてから、現場を離れたのは初めての経験でした。そうして距離をとっているうちに、だんだん最初にこの世界に出会ったときの楽しさだったり、趣味でやっていたころのワクワクした気持ちを思い出してきたんです。時間をかけて、苦しい気持ちや自信の差を完全にリセットしました。それからは、初心の気持ちを取り戻して一から学び直すことで、ふたたび制作に向き合えるようになりました。 ーーそうして発表した復帰作第一弾が、“ASMR用のモデル”になるんですね。 ひもの:そうです。作ったはいいものの、あまり使っていないんですけどね(笑)。ですが、このモデルがきっかけでkson総長が私のことを知ってくれたんですよ。そこから実際にモデルを制作させていただくことになって、髪型の切り替えや顔の可動域など、たくさんこだわらせていただきました。発表後は本当に多くの方に見てもらえて、いま振り返ると活動のターニングポイントとなる出来事だったかなと感じています。 ──復帰作が思わぬ出会いをもたらしてくれたんですね。そういった、ご自身にとってのターニングポイントとなった作品はほかにどんなものがありますか? ひもの:歌衣イツミさんのモデルも、たくさん新しい挑戦をした作品なので印象に残っています。それまでのLive2Dモデルは、基本的に上半身の動きを見せることがメインでした。イツミさんのモデルは、下半身の重心移動をできるようにしたり、足を動かせるようにしたりと、初めてのことにたくさん取り組んだ作品だったんです。初めての『VTube Studio』用のモデルということもあって、新たなチャレンジをたくさんさせていただきました。 ーー足が動くとなると、3Dモデル的な使い方も含め使える幅も広がりそうですね。 ひもの:そうなんです。下半身が動けるようになると“歌ってみた動画”や、縦画面のショート動画でもLive2Dモデルを使えますし、現実の風景に溶け込んでいるような動画なんかも作れるので、すごく使いやすいと思います。 歌衣イツミさんには、完成した姿を見て「どうしよう可愛い!」と発狂するほど喜んでいただけたので、しっかり作り込んだ甲斐がありましたね。イツミさんもいろいろと新しいことに挑戦してくださって、話題になっていたので本当によかったです。私自身も、イツミさんの活躍を通じて名前を知ってもらえましたし、お仕事の幅が広がったりもしたので、機会をくれたイツミさんには本当に感謝しています。 ・乾物ひものが突き詰める、『Live2D』ならではのケレン味を活かした表現 ーー改めて、ひものさんの思う『Live2D』ならではの表現や良さについて教えてください。 ひもの:良さでいえば、やはりイラストの質感を残したまま、動かせるところですね。ならではの表現でいうと、『Live2D』は、あえてアニメのような表現ーーケレン味を出すことで、よりリアルかつダイナミックな動きを出すことができるんです。 たとえば横を向いたときの口のかたちですが、現実ではこんなアニメ的なかたちにはなりません。でも『Live2D』ではすこし極端に表現した方が、自然に感じるんですよね。 3Dでもこのアニメ的表現は可能なのですが、『Live2D』の方がある種のハッタリを効かせるのが得意なんですよね。私としても、このハッタリをどう効かせるかについてを考えるのが1番やっていて楽しい部分です。 ーー現在のモデルにもいろんな仕掛けがほどこされている? ひもの:そうです! ほかの部位でいうと、体全体にも仕込みをいれていますよ。たとえば、人間って体を揺らしたり回転させたりすると、肩も一緒に動きますよね。私が制作したモデルでは、肩がすこし後からついてくるように動かしています。 人間は実際にこのように動くことはありませんが、人体の動きを完全に再現してしまうと逆に不自然になってしまうんです。なので、こういった表現を利用して「柔らかい動き」を意識しています。 ーーひものさんといえば、Live2Dへのハンドトラッキング搭載も話題になっていましたね。 ひもの:ありがとうございます。ただ、じつはハンドトラッキングについてはまだ試作段階なんです。いまは私の手のデザインにあわせて調整しているんですが、ほかのイラストレーターさんの絵柄になるとどのように見えるのか、そこがまだ分からないんですよね。 あと、自分のモデルなのでコストも度外視ですし(笑)。実際に依頼としてお受けするには、もう少し制作コストを下げていく必要があるかなと思っています。 ・VTuberが“身体”を手に入れてデビューを果たすまで ーーここからは、依頼を受けてからの流れも交えてお話を伺っていけたらと思います。VTuberデビューにあたっては、どのような行程でモデルの制作を進めるのが一般的なんでしょうか? ひもの:それこそケースバイケースではありますが、すでにお姿ができている状態で「この身体で動けるようになりたいです」というパターンがやはり多いですね。イラストレーターの方とコンタクトがとれる場合は、動かしたときのサンプルをお見せして監修をお手伝いいただくこともありますし、ときには二人三脚で制作を進めることもありますよ。 どうしても、デザインによって可動域が制限されてしまうことがあるので、「こういう動きをしたい」という要望が固まっている場合にはラフの段階から一緒に取り組んだりもします。 ーー制作において一番気をつけているポイントはどういった部分でしょう? ひもの:私のLive2Dモデルは、「高可動域」を持ち味として制作しています。ただ、顔や体をいろんな向きにたくさん動かすということは、すなわち破綻のリスクが大きくなるということでもあるんです。それに、部位の場所が1mm違うだけで、イラストレーターであるママさんのイメージから離れてしまうこともあります。 ですので、ママさんと依頼者様と逐一確認をしながら完成を目指すスタイルが多いですね。私はよく顔が完成したら一度確認してもらっています。場合によってはママさんから衣装の構造や造りについて解説をいただけることもあります。とことんまでアラを探してもらって、できる限り完成イメージとの差をなくすようにしていますね。 ーー完成イメージでいえば、動かす際の設定なども指導されたりするんでしょうか? ひもの:そうですね。やはりトラッキングアプリに読み込んでからも設定の調整は必要不可欠なので、ご本人と直接通話をしながら最適な設定を一緒に探っていく形です。やっぱり、皆さんいろんな環境で配信されていますし、カメラの位置・種類、顔の動かし方、笑い方、パーツの大小がそれぞれ異なりますから。 ーー先ほど制作コストのお話が出ていましたが、Live2Dモデル制作において難易度の高い工程や要望にはどんなものがありますか? ひもの:これは3Dも同じだと思うのですが、関節に何かしらの装飾がついていると、制作の工数は多くなりますね。たとえばオフショルダーの衣装だったり、腕組みをしているポーズ、腰に手を当てているポーズなどです。 もちろん、そういった衣装のモデルをつくること自体は可能なんです。ただ、その装飾一つひとつを綺麗に揺らしたり、きちんと体のバランスが崩れないようにするとなると、動いた分だけ都度調整していく必要があるので、その分難易度も制作コストも上がり、結果的に制作費も多くいただくことにはなります。 ーー制作コストにも関連するお話かなと思うのですが、現状のモデラー人口や需給バランスはひものさんから見てどのように映っていますか? ひもの:そうですね。昔と比べると、モデラーの人口はすごく増えました。以前、自分の動画でも少しそのことについて触れたことがあるんですが、そこから比べてもめちゃくちゃ増えたと思います。ただ、これは私の主観になってしまうんですが、需要と供給の釣り合いがとれているかというとそうでもなくって。二極化しているなと感じます。 ーーというと? ひもの:モデラーの方にはいろんなタイプの方がいらっしゃって、たとえばハイコスト・ハイクオリティで、本当に一点もの、オーダーメイドのモデルを作る方。それと、一定の価格の範囲内で最高のものを作るという方。後者の場合だと制作工程をある程度決めてあって、人それぞれにギミックや動きを変えるといったことはあまりしない代わりに、制作コストを抑えながら素晴らしいモデルを提供できるんですね。これはタイプの違いなので、良し悪しではありません。 私はどちらかといえば、前者のタイプ。予算は上がりますが、その人に合わせて調整をしたり、ギミックを仕込んだりするタイプです。ただ、そもそも高可動域モデルを作ること自体、すごく難しいし本当に時間がかかりますから、そういうタイプのモデラーさんは絶対数が少ないんです。 そこに対して、最近は「ハイコスト・ハイクオリティ」を求める方の数がすごく増えているなと感じることが多いんです。技術的に作れたとしても、スケジュール的に難しくてお断りしてしまうパターンもありますし、やっぱり「何人も断られちゃって」とか、なかなか依頼できるモデラーさんが見つからずに苦労しているというお話は伺いますね。そういった面で二極化してしまっているのかな、と感じています。 ーー少し脱線しますが、そういった「ハイコスト・ハイクオリティ」を目指す方にとっても、これからモデラーを志す方にとっても大切なお話だと思うので、ぜひひものさんのお考えをお聞かせください。「自分の技術に値段をつける」というのは、なかなか難しいことだと思います。ひものさんはどのように考えて設定されていますか? ひもの:むずかしいですよね。これはあくまで私の考え方ですが、ある程度工程が決まっているものは固定料金を設定した方がいいと思っています。 そのうえで、やっぱりご飯を食べて生活していけるだけの値段にすることは大切です。時給換算するとわかりやすいかもしれません。というのも、作っても作ってもお給料が足りない、お財布が苦しいというのはすごく苦しいことですし、値上げってストレスがかかることですからね。 ーーひものさんにもそういう時代があった? ひもの:そうですね。イラストレーター時代、なかなか給与が上がらなくてしんどかった時期がありました。もちろん、自分の技術が追いついていないと思ったら、それに合った値段を設定することは大切です。ただ、苦しいなと思ったら、ストレスがかかったとしても思い切って値段を上げることは必要だと思います。それで仕事が来なかったら、もうちょっと下げるという感じで、需要と供給を探り合う。 ーーオーダーメイドについてはいかがでしょう? ひもの:その人に合わせたオーダーメイドのものを制作する場合は、固定料金にせず、内容に応じて設定するのがいいのではないかと思います。そして当たり前のことですが、相手が何を求めているのか、しっかり理解してそれを作っていくことが大切です。 私、昔は持てる技術をすべて使って制作をする、いわば“全力投球スタイル”だったんです。でも、依頼者さま全員がそこまでのクオリティを求めているわけではないということに、途中で気がついて。なかには、そこまでこだわらなくてもいいからコストを抑えたいという人もいらっしゃいます。予算は人によって異なりますし、求めているクオリティも人によって変わってきますよね。手を抜くという意味ではなく、相手の要望に合わせて工数を調整するのも、商業モデラーとして大切なことかなと感じています。 ーー依頼者の要望を正しく汲み取ることは、モデラーに限らずクリエイターとして重要な要素ですよね。 ひもの:そうですね。お互いで意見や要望のすり合わせをしっかりできているほうが、より満足のいくものがつくれるのではないかと思います。だからこそ、基礎的なことにはなりますがちゃんと連絡がこまめに取れる、逐一報告ができるというような点も、モデラーにとっては重要な要素ですね。誠実さが大事だと思います。 ・目には見えない裏側の感動 お披露目は「子を送り出す親の気持ち」 ーー少しシビアなお話が続いてしまいましたが、ひものさんがモデラーとして一番幸せを感じる瞬間は、どんなときですか? ひもの:やっぱり、ママさんと協力してつくった姿に魂が宿って、活動者さんが喜んでいる姿を見たときですね。「ありがとうございます、動けるようになりました」って、私の前で動いてくれたときは、泣きそうになってしまうくらい感動します。これが第一の幸せです。 もう一つが、ファンの方にお披露目をする瞬間ですね。「見てください、新しい衣装です」「どうですか、みんな?」「わー、すごいね!」ってファンの方とやり取りをしているのを見ると、どれだけ辛かったとしても喜びが爆発します。お披露目をする瞬間は、緊張もするんですけど、それ以上に嬉しさが上回るんです。 ーーまさしく、子を送り出す親の心境に近いものがありますね。 ひもの:本当に、お披露目の瞬間は、まさにVTuberさんの背中を押して送り出す感覚ですね。私のようにモデリングをするパパさんや、イラストを担当するママさんだけではなく、運営やキービジュアルを制作する人など、場合によっては本当に多くの人が関わってVTuberデビューを支えているときがあります。 そしてなによりも、一番努力して、練習や準備もたくさんして、そうやってVTuberさんたちはデビューされるわけです。そんな裏側があることを、もっと多くの人に知ってもらえると、VTuberの世界をより楽しんでいただけるのではないかと思います。
はるまきもえ