怪物・井上尚弥と死闘を繰り広げた元王者の師匠が明かす「世界王者になるために必要な、シンプルだが最も重要なこと」
今年5月のルイス・ネリとの激闘を制した井上尚弥。9月には次戦が予定されている。「世界の頂点」に立ち続けて久しい井上だが、初めて世界王者になった試合を覚えている・観た人は、熱心なボクシングファンを除けば存外少ないのではないか。4万部を超えるベストセラーとなった『怪物に出会った日~井上尚弥と闘うということ』から、初の世界戦となった第6戦、メキシコのアドリアン・エルナンデスがその死闘を振り返った章を特別公開する――。 【衝撃】メイウェザーをとりまく美女たちがグラマラス過ぎて…
最も必要なものは規律
エルナンデスを初めて見たときの衝撃を鮮明に覚えている。 「とても優れたボクサーで、とにかくパンチ力が凄かった。新人としては常識を超えていたね。原石のように磨けばまだまだ光る。パワーがあるから上の階級でも通用する。ライトフライから始まってフライ、スーパーフライ、バンタムと世界四階級制覇をできるんじゃないかと本気で思っていた。だから、彼を中心に素晴らしいチームを作っていこうと思ったんだ」 ピントールはエルナンデスの才能に一目惚れした。生まれながらのパンチ力がある。攻防の技術は教えればいい。あとは日々の鍛錬、積み重ねが鍵になる。 メキシコでボクサーとして成功するために、最も必要なものは「規律」だという。なぜなら、決められた時間に集合する、与えられたメニューを最後までやり遂げる、目標に向かって全力で挑む、自分を追い込む。そうしたことが苦手なメキシカンが大半だからだ。ピントールは私に向かって諭すように言った。 「この国に規律というものはほとんどないと思っていい。日本とは別世界だよ」 「日本でも自分を律することはとても難しいですよ」 私がそう言うと、ピントールはすぐに打ち消した。 「いやいや、そういう次元ではないんだ。もちろん、人が来たとき、もてなしはできるし、楽しく話すこともできる。だけど、目標に到達するために力を注いだり、約束事を守れる人はなかなかいない。そこをしっかりすれば、メキシコでは他人と差をつけられる。規律は時間厳守から始まる。あとはお互いに約束したことを守ることだね」 だから、当初は時間を守れなかったエルナンデスに対して、何度も怒鳴った。 「馬鹿野郎、絶対に遅れるな。約束した時間にジムに来ないと駄目だぞ」 ボクサーの意識から変えていかなければならなかった。