コロナ禍で制作した1本のMVで人生が激変 映像作家とバンドマンを両立する涌井 嶺に聞く、特異なキャリアの“転機”
新しい映像表現を目指すアーティスト集団「VeAble」
ーークレジットを見ていると、ディレクター、VFXスーパーバイザー、VFXアーティストなど、いろんな立ち位置で携わられていますね。ご自身としては、1つのスキルを突き詰めたいか、いろんな立ち位置を楽しみたいか、どちらが強いですか? 涌井:元々はディレクションがしたかったので、基本的にはディレクションの仕事をするのが一番好きです。ただいろいろやれることは、いい気分転換になりますね。ずっとCGを触っていて疲れたら企画を考えたりとか、ずっと企画を考えていて大変なときは編集を進めたりとか。 ーー映像作家として表に出る際は、「涌井 嶺」名義で活動されていますよね。バンドでの活動時の「Ray」とは人格を分けているイメージなのか、それともお仕事をしていくうちに、映像作家としてのアイデンティティがより強くなっていったのか、どちらでしょうか? 涌井:それでいうと後者ですね。バンドにしても、元々ドラムがやりたかったわけではなく、曲が書ける人がいたから、自分はグラフィックなどのクリエイティブでサポートできたらいいなと思って始めたので。本来やりたかったことをよりしっかりお仕事としてできるようになりました。 ーー映像作家として実績を積んでいく中で、VFXアーティスト集団である「VeAble」を立ち上げたきっかけは? 涌井:受けたい仕事があっても手が足りなくなってきたのが理由のひとつですね。加えて、自分が影響を受けたK-POPのMVのように、見たことがない新しい映像表現をどんどん生み出すためには、お金もスタッフも必要なんですよね。なんとかこのグリーンバックの技術と絡めて、そういう豪華さを表現できないかと考えていて、その思いに共感してくれたファウンダーのMONAと一緒に「VeAble」を立ち上げました。 ーー1人で制作するのとは規模感が大きく違うと思いますが、印象に残っていることはありますか? 涌井:CMのお仕事を受けるようになった最初の頃は、お金や時間のかけ方のスケールが大きいことに驚きましたね。あとは合成部さんの存在を初めて知りました。現場がバタバタしてる中で、綺麗なグリーンバックをもってきてくれたり、欲しいところにマーカーをぱっと貼ってくれたりするのですごく助かります。 ーー今後VeAbleの規模感はより大きくなっていくのでしょうか? 涌井:「VeAble」は少人数で制作するほうが向いているので、大幅に増やしたいとは思っていません。ただプロダクションマネージャーは必要ですね。現在はほとんどの案件管理を、僕がやっている状態なので。あとはデザイナーかな。たとえばMVの背景に使用する看板やロゴなどの素材とか、実写MVにのせるグラフィックをデザインできる人がいたらいいなと思っています。 ーー今後さらにそのあたりをカバーできるデザイナーさんの需要が増えそうですね。いろんなお仕事を経験されて、「Everything Lost」のときと現状とで、目指す方向性や目標などに変化はありましたか? 涌井:当時はただただ「Everything Lost」を完成させる気持ちでいたので、明確な目標があったわけじゃなかったんです。いまも自分が好きだと思える映像が自分で作れたら嬉しいな、ぐらいの気持ちです。もちろん“韓国のMVに負けない映像を作る”という目標はチームとして持っているので、そのためにやることはたくさんありますけど、結局は自分で作った映像を自分で見てニヤニヤしてるときが一番楽しいですね(笑)。 ーー最近見たMVやライブ演出等のクリエイティブの中で、影響を受けたものはありますか? 涌井:最近衝撃を受けたのはXGの「TGIF」と「GRL GVNG」ですね。日本のアーティストですが、クリエイティブは韓国で制作されています。カット単位でアートディレクションされているので、すごく尖った表現なのにきちんとまとまっている。あれを見たときは衝撃でした。韓国のクリエイティブはトランジション(カットとカットの間を繋ぐエフェクト)が面白いものが多いです。いまだと数秒で動画が飛ばされることも多いので、トランジションでサビぐらいまで繋げることで、目を引くようにしているんでしょうね。 ーーMVや歌番組、ライブにしても、韓国のクリエイティブはトランジションやカメラワークがとにかく面白いですよね。最近のご自身のお仕事で手応えがあったものはありますか? 涌井:昨年、K-POPメンズグループのxikers(サイカース)のMVに携われたことがすごく刺激的でした。僕が一番好きなDigipedi(ディジペディ)というプロダクションの人たちと、日本の監督の共同ディレクションで制作された作品なんです。まさにやりたかった韓国のトランジションや、実写にCGをのせる表現が近くで見られて勉強になりました。 〈見切り発車でも“なにか一つ作品を完成させること”がクリエイターへの第一歩〉 ーー自身がアーティストであり、映像作家であるからこその強みはどんなところですか? 涌井:依頼をくださるアーティストとのコミュニケーションはスムーズだと思っています。自分もアーティストだからこそ、彼らが表現したいことをなんとなく察することができるんですよね。バンドだったら楽器の見せ所もわかっていますから、その辺も自分の強みです。 ーーMVの見せ方が多様化する中で、MVはどう位置づけていますか? 涌井:MVはあくまで音楽の“添えもの”と位置付けています。やはり音楽が先にあって、その魅力をより強く届けられるものであるといいなと思っています。 ーー近年、涌井さんのようなマルチクリエイターが増えているように感じますが、同じキャリアを目指す人たちに向けてアドバイスはありますか。 涌井:なんでもいいので、なにか一つ作品を完成させることが大事だと思います。「Everything Lost」のときは、ほとんどなにもわからない状態で見切り発車してるんですよ。グリーンバックとマーカーを貼っておく、くらいしかわからないまま進めました。それでも諦めずに最後まで作った先に現在があるので、とにかくひとつ完成させること。外に作品を公開するといろんな評価を受けるので勇気がいりますが、そのプレッシャーもクリエイティブにプラスになると感じました。 ーーちなみにこれからBlenderを始める人は、まずなにから手をつけるのがおすすめですか? 涌井:最初はやりたいことに絞るといいと思います。モデリングを1からやらなくても、まずは売ってるものやフリーの素材をつかってシーンのレイアウトを考えたり、ライティングをいじったりするだけでも楽しいですよ。 モデリングをするなら、形状に愛があるものから始めるとモチベーション的にもいいんじゃないですかね。車が好きなら車から始めるとか。なにを学んだらいいかを細分化するのも大事なスキルで、どういう道筋をたどれば完成するかを学ぶと、割となんでも作れるようになります。そういう人が仕事に繋がってることが多いですね。
中村拓海