中国北方の凍りつく冬と傷つきやすい若者を魅惑的に描いた映画『国境ナイトクルージング』
氷結した凍てつく河原から男たちがコンクリートブロックよりも大きな氷塊を電気ノコギリで切り出し、次々に車の荷台に載せて運び出していく。この氷塊は、中国の都市部にある人気の脱出ゲームの迷路を仕切る氷のブロック塀として使われる。 これはシンガポール出身のアンソニー・チェン(陳哲藝)監督作品『国境ナイトクルージング(原題「燃冬」、英題「The Breaking Ice」』(2023年)の冒頭シーンである。このシーンが撮られた場所は、北緯42度 、中国と北朝鮮の国境に位置する中国吉林省延辺朝鮮自治州(以下「延辺」)の南端を流れる厳寒の図們江(ともんこう)である。すぐ先に見える雪で覆われた禿山は北朝鮮領だ。 この作品は、延辺とその中心都市の延吉(えんきつ)という国境ボーダーエリアで繰り広げられる3人の若者の出会いと旅立ちの物語である。 ■中国が舞台のヌーヴェルバーグ風ロードムービー おおよそのストーリーと3人の若者たちの設定は次のようなものだ。 1人目の若者は、河南省出身で教育ママのもと勉学に励み、上海でエリート金融マンになったものの、終わらぬ競争ゆえに精神を病み、心療クリニックに通う青年ハオフォン。彼は大学時代の友人の結婚披露宴に招かれ、延吉にやって来る。 2人目は、フィギュアスケート選手として将来を嘱望されたものの、足のケガで夢を絶たれ、延吉の旅行会社でツアーガイドをしているナナ。そして3人目は、四川省出身だが、勉強が嫌で故郷を離れ、延吉に住む叔母の食堂で働いているシャオだ。シャオはナナに気があるが、彼女はその気持ちを受け入れてはくれない。 空騒ぎする結婚披露宴の会場から逃れ、延吉1日バスツアーに参加したハオフォンはツアーガイドのナナと出会い、シャオの食堂で昼食を摂る。そのとき、ハオフォンが携帯電話を失くしたことから3人の若者の旅が始まる。 フランソワ・トリュフォー監督が好きで、2人の男と1人の女の数日間の物語『突然炎のごとく』(1962年)のような作品をつくりたかったと、アンソニー・チェン監督も言うように、舞台は中国ではあるものの、ヌーヴェルヴァーグ風の着想やプロットを細かく織り込んだ青春ロードムービーといえるだろう。 監督は、物語の季節を冬と設定し、厳寒の地を舞台にしたいと考えたことから、中国東北地方の国境地帯で、しかも中国の少数民族である朝鮮族が多く暮らす延辺を選んだという。 中国東北地方では冬季に大半の川が氷結する。ロケのためにこの地を初めて訪れた監督が「私にとって冬とは雪だけでなく、氷のイメージでもある」と語るように、この作品ではあらゆるシーンで氷が出てくる。 英題が「The Breaking Ice」であり、南国シンガポール生まれの監督による中国北方の透明でスコーンと突き抜けた冬の空気感に対する新鮮な捉え方が、作品を魅力的にしている。