異形、微小…ほんとうにマニアックな甲虫の世界(野村周平/甲虫研究者)
甲虫をさらに微小な目で見てみるともっとおもしろい
筆者が専門としているアリヅカムシのような微小甲虫では走査型の電子顕微鏡(SEM)で形態を観察するのはごく普通である。しかし逆転の発想で、本来SEMなど必要がないはずの巨大甲虫の体の端々をSEMで観察すると、よく知られた種なのに、おそらく誰もまだ見たことのない特徴に出くわすことがある。その例を一つ紹介してみよう。
甲虫は前ばねが貝殻のような形に進化し、空中を飛んでいないときには前ばねを閉じ、その下に後ろばねを畳み込んで収納している。甲虫の前ばねと胴体の間には、側方と背面の2か所にストッパーがついている。このうち側方のストッパーをカブトムシでSEM観察してみたところ、細かいトゲが規則的に配列したマジックテープのような作りになっていた。前ばねの内側のトゲは上を向き、胴体の側面のトゲは下を向いている。つまり両方が密着しているときには向きの違うトゲ同士がかみ合って、絶対にずれることのないようになっており、ストッパーの役目を果たしている。クワガタムシの数種でもこの部分をSEM観察してみたところ、種によってトゲのかたちや密度が違っていた。
地球は甲虫でいっぱいだ!
世界中の分類学者と情報学者が協力してつくっているインターネット上の”Catalogue of Life (COL)”というウェブサイトには、世界中の生き物の種数比がグループごとに円グラフで示される。世界中に生き物がいくつ知られていて、例えば昆虫のような大きなグループが、コウチュウ目などのより小さなグループのどんな内訳によってできているのかが瞬時にわかる。図4の数字はそれによって調べたものである。 たとえば動物界(Animalia)の全種数は約153万6000種とされ、昆虫の全種数はここでは98万5000種とされており、全動物の種数の6割以上を占めている。昆虫綱はおよそ30の目(もく)に分けられているが、その中で最も種数が多いのがコウチュウ目で、約32万6000種を含み、昆虫全体の約33%を占めている。つまり昆虫の3分の1は甲虫だということである。 さらに詳しく見ていくと、甲虫には約200の科が含まれるが、その中で最も種数が多いのはゾウムシ科で約7万4000種(全甲虫の約23%)を含む。次点はハネカクシ科で約6万7000種(約21%)を含む。次に来るのがオサムシ科(13%)、カミキリムシ科(11%)、コガネムシ科(11%)である。 以下さらに見ていくときりがないが、一つ言えることは、わたしたち人間は、およそ3分の1を甲虫が占める昆虫にみちみちた地球上で、5%に満たない脊索動物(脊椎動物―哺乳類を含む)の一員として毎日の生活を送っているということだ。 甲虫はこのように種類が多く生物多様性が高いのが身上だが、SEM観察のように視点を変えてみると、またさらに複雑で精妙な世界が広がり、それに接する私たちのわくわく感が尽きることはない。その世界の中でまだ誰も見たことのない場面を追い求めるのがMANIACということではないだろうか。 【野村 周平(のむら しゅうへい/甲虫研究者)】 国立科学博物館動物研究部、陸生無脊椎動物研究グループ所属。土や落ち葉の中にすむ甲虫、ハネカクシの仲間を調査するほか、昆虫のすぐれた性質をモノづくりに活かせないか研究する「バイオミメティクス(生物模倣)」にも取り組む。 特別展「昆虫 MANIAC」公式ホームページ:http://www.konchuten.jp
文=野村周平