1人撮影向けシネマカメラ、キヤノン「EOS C80」を試す
■ あらゆるシーンにシネマ デジタルシネマカメラといえば、その名の通り映画撮影に使うカメラというところからスタートしたわけだが、どうも実際にはかなり話が違ってきた。 【画像】C70同様スチルカメラ型のデザイン それというのも2021年にソニーが「FX3」を、キヤノンが「R5C」発売すると、YouTubeやTikTokといった動画配信プラットフォームで、いわゆる「シネマ風テイスト」の動画が広く展開され始めた。もともとブライダルなどの業務系ではシネマ風テイストは人気があったわけだが、それ以外にもミュージックビデオや企業、学校、行政といった分野、あるいはテレビでもドキュメンタリーやバラエティのロケなどで、シネマカメラが用いられるようになっている。 キヤノンではそうした映画製作以外の比較的ローバジェット分野に向けたカメラとして、EOS Cシリーズでも数字2桁代の製品、前出のR5CやC70といったカメラを投入してきた。そして今年11月にこのラインナップで投入される新しいカメラが、「EOS C80」である。 価格はオープンだが、直販予想価格はボディのみで89万6,500円前後となっている。一方ネットでは、多くの販売店が80万6,850円という価格をつけているようだ。 C70はSuper 35mmセンサーだったが、C80は6Kフルサイズセンサーとなっている。ビデオとシネマのいいとこどりをしたカメラは、いったいどんな絵を出すのだろうか。さっそく試してみよう。 ■ スチルカメラ型だがデカい まずボディだが、EOS C2桁代の特徴を継承し、いわゆるスチルカメラスタイルとなっている。動画性能としては先に出たボックスカメラC400とほぼ変わらないが、C80ではリグ組みが必要となるボックスタイプを避けて、ワンマンオペレーションで使う前提でまとめたということだろう。 とはいえ、シネマカメラであることには違いないので、かなりデカい。カメラ本体だけでバッテリー込み約1.5kgあるので、動画ミラーレスのように片手で持てるようなものではない。 マウントはRFマウントなので、RFレンズを使用することになる。今回は「RF15-35mm F2.8 L IS USM」と、「RF24-105mm F2.8 L IS USM Z」の2本をお借りしている。 センサーは裏面照射型の35mmフルサイズCMOSセンサーで、総画素数約2,670万画素、有効画素数は最大約1,900万画素となっている。 いわゆる6Kセンサーだが、6K解像度で撮れるのはCinema RAW Lightで撮影するときのみとなる。また6K撮影時のみ最大フレームレートが29.97pとなる。それ以下の解像度では59.94pでの撮影が可能だ。ハイスピード撮影は、4Kでは最高120fps、HDでは180fpsで撮影できる。 外部への映像出力は最高4Kまで。基本的には6Kセンサーでオーバーサンプリングした映像を4Kで記録するのが一番使い勝手がいいカメラと言えそうだ。 NDフィルタも内蔵している。ソニーのようにバリアブルではなく、物理的に薄型フィルタがセンサー手前にかぶってくる構造だ。濃度は1/4、1/16、1/64、1/256、1/1024の5段階。 記録フォーマットとしては、上記のRAWに加えてXF-AVC、XF-HEVC S、XFーAVC Sの4タイプ。それぞれに422や420、ビット数に特徴があるので、選択肢はかなり多い。これに解像度やフレームレート選択がついてくるという格好になる。 またガンマはCanon Log 2、Canon Log 3、Canon 709、BT.709 Wide DR、BT.709 Standard、PQ、HLG、カラースペースはCinema Gamut、BT.2020 Gamut、BT.709 Gamutから選択できるので、シネマからテレビ向けHLGまで、大抵のニーズには対応できるだろう。 ガンマやカラースペースはある程度、カスタムピクチャという格好でプリセット化されている。プリセットの種類としては、Canon 709、Canon Log 2、Canon Log 3、BT.709 Wide DR, BT.709 Standard、PQ、HLG、EOS Standard、 EOS Neuralの9タイプがある。 軍艦部は大きめの電源ダイヤルが特徴的だ。シャッターボタンの位置が録画ボタンとなっている。なおJPEGの静止画撮影機能も備えている。 【お詫びと訂正】記事初出時、“写真撮影機能はない”と記載しておりましたが誤りでした。お詫びして訂正します。(11月13日10時) グリップはかなり深く、握りやすい。このグリップ部にSDカードスロットがある。通常はこの内部がバッテリースロットになるところだが、本機の場合はバッテリーは背面に剥き出しで装着する、いわゆるビデオカメラと同じ構造になっている。このため、別売の大型バッテリーも装着できる。またグリップ下にタイムコード用のBNC端子もある。 液晶モニターは3.5型LCDの276万ドットで、タッチパネルとなっている。ビューファインダは搭載しない。またモニターを開けた中に、オーディオ設定がある。オーディオは4ch収録可能で、左側にMini-XLRが2系統、ステレオミニのマイク入力がある。Mini-XLR入力は、LINE入力にも切り替えできる。 映像出力としては12G-SDI端子とHDMI端子がある。バッテリー脇にはEther端子もある。スチルカメラのような見た目をしているだけで、徹底的に動画向けであることがわかる。 操作系でちょっと変わっているのが、背面のメニューダイヤルが上下左右の押し込みに対応していないということである。単に回るだけだ。メニューの横移動は、その上に2つある横ダイヤルを組み合わせて使用する。他社のカメラに慣れている人には、「あれ?メニューが動かない」という戸惑いがあるかもしれない。 ■ マニュアル前提の撮影 では早速撮影してみよう。撮影モードが多彩なのでどう撮ろうか悩むところだが、シネマ風ビデオ撮影という想定で、4K30pを中心に撮影してみる。今回は709準拠ながらシネマっぽい絵柄が撮れるというCanon 709を中心に、HLG撮影も試してみることにした。 レンズは1本でほぼ全域がカバーできる「RF24-105mm F2.8 L IS USM Z」をメインに、引き尻が足りない時だけ「RF15-35mm F2.8 L IS USM」を使用した。マイクはAZDEN「SMXー30」を使用している。 まず画角だが、レンズで24mmから105mmをカバーするが、さらに1.5倍から3倍までのデジタルテレコンが内蔵されている。昔のデジタルズームとは違い、ディテールもそれほど落ちないので、テレ側不足はあまり心配する必要はないだろう。 手ぶれ補正は、レンズ側光学補正とボディ側電子補正の両方が使える。「RF24-105mm F2.8 L IS USM Z」は手ぶれ補正が3モードありそれぞれ以下のような特性となっている。またボディ側電子補正は標準と強の2段階がある。 Mode 1 全方向の補正 Mode 2 水平・垂直にカメラを振ったとき、振った方向と直行する方向のみ補正 Mode 3 不規則にうごく被写体を追う際、露光中のみ補正 Mode 2は主にカメラを振ったときの補正なので、正面に向かって走っていくような今回の例ではあまり効果は出ない。またMode 3の露光中というのは主に写真撮影中の話なので、動画では効果が出ないようだ。 電子補正との組み合わせでは、「標準」でかなりのシーンは対応できるだろう。「強」もかなりとまるが、被写体がにじむ感じになるのが気になるところだ。 AFに関しては、近距離と遠距離で大きく動かす場合、自動では追従しないことがある。画面タッチでAFポイントを指定できるので、パンしながら良きところで画面タッチすることで、かなり自然なフォーカス送りが実現できる。 人物AFもかなり強力な機能だ。一旦人物を認識すると、周囲に障害物があっても追従し続けるので、人物のフォローは楽できるだろう。ただサンプルにもあるように、被写体の動きが止まってしまうと見失う傾向がある。おそらく人物の骨格検知というよりは、動き検知に重点を置いているからだろう。 撮影はかなり晴天に恵まれたので光量も多く、NDフィルタを1/64にセットして絞りは開放に近い設定で撮影した。シャッタースピードは1/60から1/150程度で可変して露出を合わせている。センサー感度は3段階のBase ISO感度から選択できるが、「自動切り替え」では全域を自動で切り替える。 ■ 多彩な撮影に対応できる 本機にはカラーフィルターやLogの読み込みのような、セットするだけでいい感じの色味にしてくれるという機能はない。それに近い機能は、ガンマや色域を組み合わせてプリセット化した、カスタムピクチャがある。 LogやHDR向けのものは本来カラーグレーディングが必要だが、比較のために一応撮って出しのものを掲載しておく。 こうしてみると、Canon 709は709色域の中で発色を強めながらも、コントラストはそれほどバキバキでないという具合に収めているのがわかる。 なおBase ISOはガンマ設定と連動しており、組み合わせは以下のようになっている。 続いてHDR撮影の中でも比較的扱いやすい、HLGで撮影してみた。撮影はSDRと変わるところはないが、液晶モニターのほうではアシスト機能が使える。ただこの設定が「モニタリング設定」の7ページ目という結構深いところにあるので、切り替えを忘れないようにしたいところである。 また裏面照射CMOSということで、夜間撮影にも強みがある。今回はISO感度が最大化できるCanon Log3で撮影したものをBT.709にグレーディングしている。ISO感度は12800である。 サンプルはライティングされた夜景のように見えるかもしれないが、実際には夜7時過ぎなので、あたりはかなり真っ暗だ。街灯の明かりしかなく、三脚の水準気泡もスマホのライトで照らさないと見えないぐらいだが、撮影するとSNもよく、かなり明るく撮影できている。 黒浮きしたところは多少締めたりしたが、Canon Log3はラティチュードも広いのでグレーディングしやすい。 ■ 総論 業務ユーザーを中心とした比較的ローバジェット向けということで登場したC80だが、スペックや動画機能的には前作C70のアップグレードというより、上位モデルC400の低価格版といったほうが妥当だろう。カメラスタイルとしてはスチルカメラスタイルなので、これまでミラーレスカメラで修行を積んで、ステップアップしたい人にはわかりやすい。 ただし写真のようなAVやTVといったモード選択があるわけではなく、自分で絞りやシャッタースピード、ISO感度で露出を追うカメラなので、波形モニタを見ながらマニュアル設定ができるぐらいのスキルは必要である。 ISO感度やシャッターなどの単位も、フィルム/写真風、ビデオ風などに設定できるため、どの方向からやってきた人にも優しいカメラである。またこんなルックスながらBNCのタイムコード入出力や12G SDI出力もあるので、マルチカメラ収録やライブカメラとしても使える。ゲンロックはかからないが、昨今のデジタルスイッチャーは自動引き込みなので、問題ないだろう。 またNDフィルター内蔵なのも便利だ。RFレンズを使うということはやはりボケを重視して絞りを開けることになるが、別途NDフィルタをあれこれ付け替える手間がないのは助かる。 バッテリーの保ちも良く、付属の標準バッテリーでも2時間ぐらい撮れる。また充電器用のACアダプタをそのままカメラに差し込めば外部電源としても使える。細かいところまでよく考えられたカメラだ。 今年9月にもソニーから業務用カムコーダが出たところだが、今年は業務用レンジで面白いカメラが沢山出てきた。今その辺りが市場として一番盛り上がっているということなのだろう。
AV Watch,小寺 信良