世界に誇れるものづくりスピリット 東京五輪を支えるさいたまの町工場
2020年の東京オリンピックの開会式まで残り1000日を切った。いよいよ近づいてきたな、という高揚感から経済界は熱気を帯び始めている。海外からの旅行客や労働力は年々増え、外国語に対応したサービスや新商品など、日本や東京が発信する魅力は一段と注目されている。 それを象徴するような興味深いデータがある。調査会社・富士経済によると、首都圏の再開発需要や大規模災害。凶悪犯罪、テロ対策などにより、今後セキュリティ関連市場は広がりが見込まれ、中でも2019年の監視カメラ分野市場は、15年比で25.6%増の496億円に拡大するという。JR山手線など公共交通機関の多くで監視カメラの導入を進めている。このカメラを支える最重要部品の一つがギヤである。 そうした中、さいたま市の町工場がフル稼働している。さいたま市の歯車製造会社「J・GEAR」である。名前の通り歯車やギヤを作る会社である。J・GEARの監視カメラ用ギヤの今年の売り上げ予想は、2016年と比べると1.5倍に増える見込みだという。 犯罪対策などにも欠かせない監視カメラは、暗い夜や荒天時などの過酷な環境下でも、人の顔や姿を正確に記録する必要があり、高い精度と耐久性が求められる。また現代では小型化が進み、小さくても精密に動く部品は欠かせない。安価な海外製品も出回る中で、精巧な加工技術を誇るJ・GEARへの依頼は引きも切らない。 社長を務めるのは八ツ田晋一郎さん(49歳)である。歯車製造歴25年のキャリアを持つ八ツ田さんは「監視カメラに内蔵されているモーターの小型化が進み、それに応じてギヤはより小型化、精度アップが求められている。通常はロット生産を請け負うところが多い中、当社は試作品1個からでも、相手が納得いくように一つ一つ作る」と語る。 時にマイクロ単位の精巧さが求められる製造工程では、精度の高い機械、そして知識と経験が不可欠だ。歯車製造で重要なポイントは、歯車を削る刃(ホブカッター)と歯車を固定して正確に回転させる支柱(芯金)である。刃と支柱で固定した円盤が、正確な位置とスピードで回転することで、精巧な歯車製造が可能となるのだ。 J・GEARが産声をあげたのは2014年6月。八ツ田社長は、元々は親族経営の製造工場で勤務していたが、さらなる技術を磨き、メードインジャパンのものづくりに貢献したいという思いから、独立というあえて厳しい道を選択したという。 「開業当初は加工機械も中古しか買えず、社員も3人しかいなくて不安しかなかった」と当時を振り返る。それでも、八ツ田社長の思いに賛同した昔の仲間が参加し、今では15人の社員を擁するまでに成長。 J・GEARの「J」はJAPANの「J」からとったと言う。 これまでの道のりでは多くの苦労もあった。製品の精度が高いことを証明するために、狂いを検査する機械を自前で導入する必要があった。その時、自分の技術に誇りを持つ工員の間からは「うちの製品は絶対に精巧なのに、なぜ検査の必要があるのか」という反発もあったという。しかし会社の成長のためには検査機械が必要だと考え、導入に踏み切った。 J・GEARは設立からわずか3年とまだ新しい会社だが、その優れた技術を頼って精密機器や医療機器などの大手企業から引く手あまたである。100年前のビンテージカーの歯車の作成を依頼された時には、図面もなく、歯もボロボロの状態で困難を極めたが、長年培ってきた経験と技術で依頼に応えることができたという。このほか、近年人気が再燃しているミニ四駆やラジコンのギヤも手掛けるなど、子どもたちにも夢を与えている。 イギリスのハイクオリティ・ライフスタイル情報誌「モノクル」で「質の高い都市ランキング」の3年連続トップに選ばれている東京。そうした名誉や、都市のイメージが2020年へつながっていくためには、J・GEARのような地道な町工場の支えがあるといえそうだ。 (3Nアソシエイツ)