【闘病】「フォーカルジストニア」を乗り越え、ピアノ演奏を再開した脳神経内科医のリハビリ体験記
勝手に筋肉が緊張し、身体の動きや姿勢を制御できなくなる神経疾患である「ジストニア」。話を聞いた青嶋さんは、大学時代にフォーカルジストニア(局所性ジストニア)を発症し、生き甲斐であるピアノが全く弾けなくなり、絶望の淵に立たされました。 現在(取材時)では、フォーカルジストニアを専門とする脳神経内科医として研究と診療に取り組みながら、10年越しにピアノを再開。リハビリにより演奏会ができる程にまで回復したそうです。 フォーカルジストニア発症後、もう一度ピアノが弾けるようになるまでの話を詳しく聞きました。 ※本記事は、個人の感想・体験に基づいた内容となっています。2022年11月取材。 [この記事は、Medical DOC医療アドバイザーにより医療情報の信憑性について確認後に公開しております]
大好きなピアノが弾けなくなり絶望と孤独を感じた
編集部: はじめに、ジストニアについて教えていただけますか? 青嶋さん: ジストニアは、意思に反して特定の筋群がギューッと緊張し、身体の動きや姿勢を制御できなくなる神経疾患です。 手、足、首、瞼、口、舌、声帯など、特定の部位にジストニアが起こる場合をフォーカルジストニア(局所性ジストニア)と呼び、長期間の訓練で習得した特定の動作や、それに類似した動作でのみ症状が起こる場合を動作特異性ジストニアと呼びます。 動作特異性ジストニアは、楽器演奏やスポーツなど、正確性、俊敏性を要する動作、特に身体の一部に負担がかかる動作、心理的な負担を伴う動作の反復練習を長期間行うことがきっかけとなって発症します。 編集部: ピアノを演奏する青嶋さんには具体的にどのような症状が現れたのでしょうか? 青嶋さん: 演奏中、特定の指が勝手に丸まったり、跳ねたり、ふるえたり、思わぬ方向に引っ張られたり、ブレーキがかかったり、時には「膝カックン」のように指の支えが外れたりして、何にせよ演奏が妨げられます。 また、関節の曲がり具合や力の入り具合の認識がおかしくなり、正しいフォームがどうであったか、これまでどのように弾いていたのかさえ、わからなくなってしまうこともあります。 編集部: 病気が判明した経緯について教えてください。 青嶋さん: 指の不調が起こり始めた時に、演奏家の身体のトラブルに関する本やインターネットの記事を読んでフォーカルジストニアを知りました。 その特徴に自分の症状がぴったり合致したので、これに違いないと納得しました。その後、不随意運動を専門で診られている脳神経外科の先生の病院を受診し、フォーカルジストニアだと診断され、説明もしていただきました。 編集部: どのように治療を進めていくと医師から説明がありましたか? 青嶋さん: ジストニアの治療には内服治療、ボツリヌス注射、脳外科手術、反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)などがあることを教えていただきました。 また、ジストニアの研究論文を頂戴し、経頭蓋直流電気刺激(tDCS)の話も聞かせてもらいました。治療を希望する場合には再診をという方針になりました。 編集部: 病気が判明したときの心境について教えてください。 青嶋さん: ピアノは私にとって生涯の趣味になるはずだったものなので、ピアノが弾けなくなったことは非常にショックで、まさに絶望的な気分でした。当時はピアノの音を聴くだけで涙が出てきました。 ほかの場面ではちゃんと手が動くのに、ピアノだけができなくなるという不思議な状況に陥り、その辛さや深刻さを共有できる人は周りに居なかったので、孤独でした。 ピアノに向かう度に症状は必ず現れ、練習しても悪化するばかりで、改善する未来が全く想像できませんでした。アマチュアの私でさえこれほど辛かったので、専門の道に進んで発症した方などは、もっと辛い思いをされているのではと想像します。 編集部: 発症後、生活にどのような変化がありましたか? 青嶋さん: 働き始めてからは、ピアノに触れるのは趣味の作曲の時くらいでした。 音楽が大好きで、聴覚や発声の仕組みに興味があったため、もともと私は耳鼻科医を目指していましたが、自分の手の不調はジストニアという神経疾患であること、治療法が確立していないことなどを知っていく中で、演奏家であり、この病気の当事者であり、医療従事者であるという境遇なのだから、自分がその専門医にならねばと使命感を感じ、脳神経内科医になる道を選びました。 人生の大きなターニングポイントでした。 編集部: 病に向き合う上で心の支えになっているものを教えてください。 青嶋さん: 共にフォーカルジストニアと闘っている仲間、既に克服された先輩方、リハビリレッスンの先生方、回復を願ってくれる友人や音楽仲間、また、直接の繋がりはなくともジストニアの診療・施術・研究に尽力されているセラピストや研究者の方々、その全員が私の心の支えです。 また、私は職業上、ジストニアの患者さん以外にも、神経難病をお持ちの方に沢山お会いします。皆さんそれぞれ、私には想像もつかないような思いや経験をされている中で、たくましく前を向いて歩む姿勢を見せてくれます。私の方が患者さんから力を頂くことも多々ありますね。 編集部: 遠ざかっていたピアノを2020年に再開されたそうですね。 青嶋さん: 改善へのアプローチは人それぞれですが、私が選んだ方法は、ジストニアに罹患してその後克服した経験のある人に会いに行くことでした。何人もの演奏家の方々にお会いして、体験談やリハビリ方法を伺いました。 ジストニアを克服されているピアニストの先生方をはじめ、ボディワークの先生方などジストニア当事者ではない方も含め、多くの方から回復のためのヒントを頂き、幸い、最近2年間で症状はだいぶ改善して、今後も良くなっていく自分を想像できるようになりました。 ボディワークのひとつであるアレクサンダー・テクニークを学んだことも、改善の大きな要因です。 編集部: アレクサンダー・テクニークとはどういったものなのでしょうか? 青嶋さん: 身体がどのように動き、どのように感じるかについての気づきを高めることによって、身体の使い方を学び直すというものです。 不必要なこわばりを認識して解放する身体技法なのでジストニアと相性が良く、リハビリの基盤となります。効率的な身体の使い方を学べば、故障の予防だけでなく、パフォーマンスの向上も期待できるので、ジストニアなどの病気がない方にもお勧めです。