筋肉少女帯・大槻ケンヂが"幻想私小説"に込めた「現実にあらがうための希望」とは
「しばらくは一行、一文字も書きたくなかった」とさえ口にしていた大槻ケンヂが、私小説的エッセイとしては10年ぶり、小説としては実に18年ぶりとなる最新刊を発表した。『今のことしか書かないで』というタイトルどおり、ここ2週間にあったことだけを書くという内容だ。58歳になった「今」のオーケンの心境を聞いた。 【書影】『今のことしか書かないで』 * * * ――この本は"限りなくエッセイに近い幻想私小説"と銘打たれています。実体験に基づいたエッセイとも、架空の物語である小説とも違うのでしょうか? 大槻 身辺で起こった事実しかエッセイに書かない人もいますが、僕は実際に起こったことをヒントに話を膨らませるタイプなんです。そうして話を盛っているうちに「もうこれはエッセイというより小説だな」と感じることが多くて。 いっそのこと最初から"限りなくエッセイに近い幻想私小説"なんだと宣言して書くことで、まだ誰も見たことがないジャンルの文章になるのでは?と思って、今作ではそう銘打ったんです。 ――大槻さんが影響を受けたと公言する寺山修司は「実際に起らなかったことも歴史のうちである」という言葉を好んでいました。そんな〝寺山節〟を踏襲した部分もある? 大槻 そうですね。だから、(連載)初回から実際には起きていないことを書きました。若い女のコと六本木の鳥貴族に行く話なんですが、本当は行ってないんです。 ――行ってないんですか(笑)。その女のコから「今のことしか書かないで」と言われたシーンがそのまま今作のコンセプトになっていますが? 大槻 もちろん実際には言われていません(笑)。僕は梶原一騎直撃世代なので、虚構と現実が入り交じった漫画『四角いジャングル』の影響も強いかもしれません。空想が現実を追い抜いてしまうという。 ――「この話は真実である」というひと言から始めておいて、ホラを吹くみたいな(笑)。 大槻 前田日明さんもアントニオ猪木の舌出し失神事件を振り返って「(前田のマネをしながら)俺が身代わりで担架に乗ったんだよね」と言っていたけど、本当は乗ってなかったって話じゃないですか? あれは前田さんの空想がリアルを追い抜いたんだと思います。 まさに、僕と同じ方式だなあって(笑)。結果的に、梶原一騎や寺山修司など、いろんな人からの影響が一緒くたになって、今回の作品になったという感じです。 ――でも、0から1にしているのではなく、元となるエピソードがあってそれを広げて盛るという書き方ですよね。 大槻 そうですね。例えば、僕はたまに母の介護施設へ面会に行っているんですね。それは非常にロック的じゃないけども、ロックの現実として親や自分が老いていくという実際の問題を本にも盛り込みました。 ――以前、大槻さんは「歌詞を書くと、どうしたらいいかわからない、という精神状況が整う」とおっしゃっていましたが、今作の執筆にもヒーリング的な効果はありましたか? 大槻 ありました。箱庭療法じゃないけど、書きながら自分の心理状況を俯瞰して「どうすればそれが整うか」ということを文章にしているんだろうな、と。 肉体の衰えや老後、孤独死への不安など、自分を取り巻くあしき現実に対抗するために、理想や夢を反映した前向きな物語をどんどん作っていく。良い物語を書くことでしか、現実は乗り越えられない気がします。 ――自分と向き合って文章を書いていくと『踊るダメ人間』の歌詞みたいにネガティブなほうへ話が進んでいくこともあるわけじゃないですか。それは意識的に変えたのでしょうか? 大槻 はい。特に、今回の執筆では「嫌いな人間を描かなければ精神的にいい」という事実に気がつきました(笑)。