近江高校監督が明かす快進撃を支えた“秘密兵器”。高校サッカー選手権準優勝。青森山田のセットプレーを封じた綿密な計画とは
1月8日に幕を閉じた第102回全国高校サッカー選手権大会で、3度目の出場となった近江高校(滋賀)は、初の決勝進出という快挙を成し遂げた。快進撃を支えたのは、同校サッカー部のうち20名ほどが所属する分析班。前田高孝監督は、彼らに託した仕事の内容と意図を明かしてくれた。(取材・文:藤江直人)
●立て続けに行われるミーティング「安パイだけはやめよう」 公式戦を翌日に控えた近江高校の午後は慌ただしい。記憶と記録に残る快進撃を演じた先の全国高校サッカー選手権大会を例に挙げれば、スタッフ陣も加わった全体ミーティングから選手だけのミーティングを経て、セットプレーだけをテーマにすえたミーティングが夕食前に立て続けに行われた。 しかも、最後のセットプレーミーティングに参加するのは実はわずか3人。大出一平ゴールキーパーコーチに2年生守護神の山崎晃輝、そして副キャプテンのセンターバックの西村想大。特に青森山田との決勝を翌日に控えた、1月7日のミーティングはテーマが難解だった。 近江を率いる前田高孝監督は、近江兄弟社中学時代の同級生で、全幅の信頼を置いている大出キーパーコーチに「頼むな。相手はセットプレーお化けやから」と声をかけ、対策を一任したと明かす。 「セットプレーを極力与えないのが僕の仕事であり、与えてしまった後は大出の仕事という形でした。ただ、僕が最後に言ったのは『相手が強いからと言って、安パイを切るのだけはやめよう』と。安パイというか、要は『これならベターだろう、という手段を講じることだけはやめよう。もう0か100かでいい。失敗するかもしれないけど、これじゃないと防げないという形でいこう』と。最後の責任は監督である僕が取るので、その上で『何となく、といった弱気な一手じゃなくて強気の一手というか、やったことがないかもしれないけど、これなら絶対に守れる形を考えてほしい』という話をしました」 必然的にミーティングは白熱した。コーチと選手間のディスカッションと言い換えてもいい。言うまでもなく近江が獲得したセットプレーよりも、青森山田が獲得したそれへの対策に時間が割かれた。そして山崎も西村も、事前に青森山田の試合映像を自分たちなりの角度からチェックしていた。 山崎と西村が見た試合の映像は、実は首脳陣が用意したものではない。チーム内の分析班に所属する部員たちが撮影し、テーマやシーンに合わせて切り取った上で、サッカー部として導入している映像分析ツールの『SPLYZA Teams』で共有。そこへタグ付けや描き込みなどが施されたものだ。 実際にどのようなセットプレー対策を講じて、選手たちが異口同音に「ラスボス」と位置づけた青森山田戦に臨んだのか。相手の最大の脅威は190cmの長身を誇るセンターバックの小泉佳絃。西村は「ちょっとゾーン気味にするなど、いつもの守り方とは変えていました」と舞台裏を明かす。 ●白熱するミーティング。“ラスボス”青森山田の対策 「青森山田のコーナーキックに対しては、いつもゾーンを担当していた一番身長の高い選手が小泉選手にマンツーマンでついて、競ったボールをゾーンの選手が弾く、という形を意識していました」 近江で身長の一番高い選手とは183cmのFW小山真尋。小泉から自由を奪う作戦は奏功し、前半でともに3本ずつを与えたコーナーキックと直接フリーキックではチャンスを作らせなかった。 ならば、青森山田の代名詞であるロングスローに対しては、どのような対策を立てていたのか。タッチラインからファーポスト付近まで飛ばす青森山田の2年生ロングスロワー、左サイドバックの小沼蒼珠の脅威を把握した上で、肉を切らせて骨を断つ作戦で臨んだと西村が続ける。 「いつもならば、相手のロングスローに対してはゾーン役が1枚と、あとはマンツーマンの形で守ってきました。マンツーマンでは相手のターゲットが1枚ならば2枚、2枚ならば4枚といった形で挟んでいたんですけど、小泉選手にはあえて1枚だけをつけてゾーン役を2人にしました。小泉選手にはもうボールに触られる想定のなかで、触られた後にゾーンのどちらかが弾く感じです。結果としてセットプレーからは失点していないので、そこは上手くいったんじゃないかと思っています」 ハーフタイムに小山がベンチへ下がった後も、近江のロングスロー対策は変わらなかった。後半は170cmのボランチ西飛勇吾が主に小泉につき、182cmと小山に次ぐ高さの西村は引き続きゾーン役を担った。高さで圧倒的に劣る西は、とにかく小泉から自由を奪う密着マークを完遂。前半に2本、後半には3本を数えた青森山田のロングスローから最後までチャンスを作らせなかった。 近江ではキャプテンと副キャプテンを除いた全部員を、分析を含めて7つを数える班に所属させている。それぞれの班ではリーダーが指名され、毎週月曜日の昼休みにはミーティングを実施。前田監督とともに前週の振り返りと、月曜日から始まる日々への方向性を確認し合う。 入学直後から分析班に所属し、2年生の途中からは分析班のリーダーを務めてきた西村は、年間を通じた仕事内容を熟知しているからこそ感謝の思いを捧げている。 ●実際に分析班は何をしているのか? 「公式戦の前には対戦相手の映像を見ながら、分析班のみんなで『ここが弱点だ』とか話し合っていました。試合会場へ映像を撮影しに行って、それをSPLYZA Teamsのサイトにアップして、そこからいろいろな情報を得ている形です。SPLYZA Teamsにしても最初のころは戸惑いましたけど、2年生、3年生になるにつれて使い方もわかってきましたし、次の対戦相手の分析だけじゃなくて、終わった試合の振り返りでもその映像を使っています。今回の選手権もすべて中1日の短期決戦で、準備期間も少なかったなかで、分析班がいろいろとしてくれたことが、決勝まで勝ち上がれた要因じゃないかなと思っています」 青森山田の十八番を封じ込めた試合はしかし、1-3のスコアで敗れた。小山に代えて投入したMF山本諒が味方との鮮やかな連携から、後半開始直後の47分に同点ゴールを決めるも、ギアをさらに上げた青森山田に60分、70分とゴールネットを揺らされ、必死の反撃もはね返され続けた。 戦いの終わりを告げる主審の笛が鳴り響いた直後。前田監督は大出キーパーコーチに声をかけた。 「大出、ありがとう。セットプレー(からの失点)はゼロやったわ」 近江にとっては2大会連続3度目の全国高校サッカー選手権だった。過去2大会はともに初戦敗退。それが一転して、初戦の2回戦からインターハイ4強の日大藤沢(神奈川)、同優勝の明秀日立(茨城)、タレント軍団の神村学園(鹿児島)、地元の堀越(東京A)を立て続けに撃破した。 決勝こそ青森山田に屈して悔し涙を流したが、それでも近江が刻んだ軌跡は色褪せない。全国の高校サッカーファンを魅了した快進撃に、20人ほどが所属する分析班があげてきた対戦相手の情報はどのくらい寄与していたのか。前田監督に直撃すると予想に反する、意外な言葉が返ってきた。 ●「自由に考えられるような枠を残す」近江高校サッカー部員の財産 「うーん、カチッと情報通りにはまる、というのはなかなか難しいというか、ないんですよ」 38歳の指揮官は苦笑しながら、「ない」という言葉に込めた真意を明かしてくれた。 「基本的に分析班からこちらに情報が上がってきて、僕たちスタッフ陣がそれをもとに、というわけではないんですね。分析班は分析班で必要だと考えていろいろとクリエイトするし、スタッフ陣はスタッフ陣でクリエイトするなかで、お互いをすり合わせる前提として、ともに情報を持っている、という形になりますよね。それを僕たちから『こういう映像を切り取ってくれ』とか、あるいは『こういう考えでやってくれ』と言うと、どうしても作業になってしまう。できる限り彼らが独自に何かを生み出せるような、彼らが自由に考えられるような枠を残しながら、すべてを進めているので」 次の対戦相手や自分たちの試合の映像をSPLYZA Teamsのサイトに上げて、サッカー部全体で共有するのが分析班の仕事ではない。映像分析は「あくまでも補完的なもの」と前田監督は続ける。 「僕は選手たちに『勝つ可能性を1%でも上げていこう』とよく言うんですけど、分析はその過程のひとつでしかないんですよ。何よりも大切なのは人間的な成長であり、イコール、サッカーに対して没頭した経験だと思うんですね。高校での3年間で貫き通したものがある。こういう経験が自分やチームを高めて、卒業後の人生を歩んでいく彼らの財産となってくれれば、と思っています」 サッカーの指導者の一人として、そして教育者の一人として考え出したのが、保健体育科、英語科、公民科の教諭として近江へ赴任し、サッカー部監督に就任した2015年4月からほどなくして導入した、キャプテンと副キャプテンを除くすべての部員を班に所属させて活動させるやり方だった。 そのなかで今年度の分析班リーダーは、副キャプテンに就任した西村から小山を経てMF山門立侑が務めてきた。指揮官自身の判断で、昨年8月ごろに山門に代えたと前田監督は記憶している。 ●「そうなったらもう最悪です」指揮官の願いとは… 「小山はよく仕事をしていたんですけど、何となく山門がフワッとしていたので。優しくて本当にいい子なんですけど、そういったものを少しでも背負わせて、選手としても人間としても内側から変えて成長させたいと思いました。ちょうどサッカーでも少し調子を落としていた時期だったので」 今年度の主戦システム[3-4-2-1]でシャドーを務めてきた山門は、決勝を含めた5試合すべてで先発。チーム最多タイの3ゴールをあげている。4月から山門は甲南大学、西村は京都産業大、キャプテンの金山耀太は関西学院大へそれぞれ進学。他の3年生とともに新たな挑戦をスタートさせる。 「今回の全国高校選手権を通して、彼らは本当に素晴らしい経験をさせてもらったと感謝しています。ただ、この先の人生でこれが頭でっかちな経験になって、あのころはよかった、といった感じには思ってほしくないし、そうなったらもう最悪ですよね。今回の経験が彼らにとって養分になり、血肉にもなって、どんな分野であっても次のステージで輝いてほしい、というのが僕の願いですね」 まもなく旅立ちを迎える3年生へ、愛情あふれるエールを送る前田監督は、2月以降は準優勝を振り返る一連の取材をシャットアウト。1月20日に決勝が行われた滋賀県の新人戦で、自身の母校でもある草津東を破り、頂点に立った新チームの指導に情熱のすべてを注いでいく。 (取材・文:藤江直人)
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