いまのVRには最初のとっかかりとなる“マリオ的ソフト”がない──Switch版『ディスクロニア』を発売した梅田慎介がプロデューサー・岸上健人に聞く「#メタバースくそくらえ」の真相
「#メタバースくそくらえ」。昨年4月に出されたこの声明文は、あまりに赤裸々な内容で業界をざわつかせた。本来はワクワクする未来として位置づけられていたメタバースの時代が到来したにもかかわらず、「メタバース」が“お金集めのための空虚な言葉”としてひとり歩きしている実態があったからだ。 【この記事に関連するほかの画像を見る】 そんななかで、MyDearestのCEO・岸上健人氏の「お金儲けのためだけに人が集まり続けるはずないだろ!」という意見はあまりに痛快だった。『TOKYO CHRONOS』や『ALTDEUS: Beyond Chronos』など、黎明期からVRゲームを作り続けている岸上氏は、「メタバース」のネガティブイメージに誰よりも苦悩し、戦っていたのかもしれない。「『面白いゲーム』をつくることこそが、メタバースの未来を切り拓くと、私たちは信じています」とプレスリリースを締めくくった彼は、いま何を考えているのか…。 そもそもエンタメとは何なのか、真剣に考えたいという思いから始まったこの連載「エンタ飯!~うまい飯といい話~」は、イザナギゲームズのCEO・梅田慎介氏が聞き手を務め、エンタメ業界の最前線で戦うトップランナーたちと美味しい料理をご一緒しながら、彼らが考えるクリエイティブの真髄に迫っていく。 第4回目のゲスト・岸上氏とは本日発売のSwitch版『DYSCHRONIA: Chronos Alternate』を共同開発してきた。さらに『ALTDEUS』のSwitch化、『TOKYO CHRONOS』の朗読劇化など、共同のプロジェクトも目下進行中だ。 [今回のスゴい対談相手]岸上健人 MyDearest株式会社CEO。1991年生まれ、徳島県出身。慶應義塾大学卒業後、ソフトバンク株式会社を経て、2016年4月にCOOの千田翔太郎、CCOの郡陽介と共にMyDearest株式会社を創業。プロデューサーとしてVRゲームをはじめとしたコンテンツを制作。主な作品に『TOKYO CHRONOS』『ALTDEUS: Beyond Chronos』『DYSCHRONIA: Chronos Alternate』などがある。 「くそくらえ」の語気からは想像ができないほど柔和な岸上氏を迎えたのは、東陽町の「鶏×びすとろCOQUERICO(コクリコ)」。ふたりの出会いから『DYSCHRONIA』の制作に至る秘話はもちろん、岸上氏がVR業界を目指したきっかけ、「#メタバースくそくらえ」の真相やVRゲームの課題、生成AIの活用など、ほろ酔い談義での話題は多岐にわたった。 聞き手/梅田慎介 取材・文/山崎ヒロト [今回のウマいお店]鶏×びすとろCOQUERICO(コクリコ) 住所:〒135-0016 東京都江東区東陽3-17-13 プラティーク東陽町1F TEL:03-6458-6733 MAIL:info@coquerico.jp 営業時間:17:30~24:00(金曜・土曜は25:00) 定休日:月曜(祝日や祝前日の場合は営業) ■『DYSCHRONIA』VR版とSwitch版の同時開発は業界初の試み 梅田: 岸上さんとは2年ぐらい仕事を一緒にしていますよね。『DYSCHRONIA: Chronos Alternate』のプロジェクトは、VRとNintendo Switchの両方のバージョンを開発することが最初から決まっているっていう面白いプロジェクトでしたよね。 岸上: VR版とSwitch版を同時に作るのって、たぶん業界で初ですよね? 周囲からもすごくチャレンジングだと言われました。 梅田: ウチが既存のVR版をSwitch化するのではなく、最初のシナリオから一緒に開発する形ですよね。そしてビジネス的には…簡単に言うと、リスクとリターンを折半でやっているんですよね。VR版が売れたらウチも儲かるし、Switch版が売れたMyDearestさんも儲かる仕組みで。 岸上: これはかつてない作り方だったと思います。 梅田: そもそもの話をすると、僕は岸上さんたちが作った『TOKYO CHRONOS』【※】と『ALTDEUS: Beyond Chronos』をプレイしていたんですけど、VRゲームとしてのみならずアドベンチャーゲームとしてもよく出来ていて、岸上さんに興味あったんですけどSNSとかを拝見していると岸上さんが面白そうな人だなと思いまして(笑)。 岸上: ありがとうございます(笑)。 梅田: この人は急にDMをしても怒らないだろう、と。それに甘えてDMをして、すぐにお会いしましたね。 岸上: いや、ビックリしましたよ。僕は梅田さんたちが作った『Death Come True』をいちファンとしてプレイしていましたから、いつかお話ししてみたいと思っていましたけど、まさか連絡をもらえるとは。 梅田: そんな初対面を経て、一緒に作った『DYSCHRONIA』のSwitch版がようやく発売されます。ゲームを作っていると大変なことがあるんですけど、岸上さんとは気が合って、お互いの信頼関係だけで乗り越えてきた部分もありましたよね? 岸上: そうですね。普段からよく話して、コミュニケーションをとっていました。 梅田: 岸上さんは31歳なので僕はだいぶ上の世代ですけど、岸上さんのパワーと人柄をとってもリスペクトしているんです。岸上さんには言ったことがあるんですけど、こんなにジャンプの主人公感がある人はいないな、と。かなりツラい状況でも笑顔でいれる…マジでルフィみたいな人じゃないですか(笑)。 岸上: どんな状況でも笑顔でいる点はたしかにそうかもしれないですね(笑)。梅田さんは僕のことをすごくよく言ってくれますけど、逆に僕は梅田さんがめちゃくちゃチャレンジャーだと思っています。こんな若造にわざわざDMをくれるし、「一緒に仕事をやりません?」と言ってくれたときはめちゃくちゃシビれましたよ。僕が同じ立場ならなかなか言えないですから。 梅田: いや、僕も誰彼構わず言っているわけではないですよ(笑)岸上さんが素晴らしいからです。それから2年経って、『DYSCHRONIA』が形になってよかったです。 岸上: 本当にありがたいです。 ・“ボジョレー化”した「VR元年」の最中にMyDearestを起業 梅田: 岸上さんの経歴も遡って聞かせてください。最初に入学したのは大阪大学でしたっけ? 岸上: そうです。でも中退して上京しました。 梅田: なんで中退したんですか? 岸上: あまりにも東京に行きたかったからですね。当時18歳のとき、たまたま東京の市ヶ谷に浪人している幼稚園からの親友を応援しに行くことがあって、そいつに「お前はなんで東京にいないの?」と煽られて(笑)。そのままの勢いで母親に電話して、学費は全部自分で出すから東京の大学に行かせてくれ、と。 梅田: 学費を全部出すってすごいですね。 岸上: だから家賃3000円の寮で生活することになるんです。慶應大学に行きましたけど、その男子寮では世間の方がイメージする慶應生の感じではなくて、オタク趣味丸出しの生活というか(笑)。 梅田: 当時は何にハマっていたんですか? 岸上: 僕のオタク遍歴で特殊なのは、少女漫画が好きということです。世代的に一番ハマったのは『フルーツバスケット』という作品ですけど、大人向けの女性漫画からザ・少女漫画まで、たくさん読んでいました。 梅田: そのへんの趣味を共同創業者の千田(翔太郎)さんはどんな感じで見ているんですか? 岸上: なんか一歩引いた目線で、フフっと笑いながら見てますよ(笑)。 梅田: その関係性も面白いですよね。千田さんとはいつ出会ったんですか? 岸上: 大学卒業後に就職したソフトバンク時代ですね。千田は出身が岩手で、群馬の大学から社会人になって上京したんです。大学時代は遊びに行っても埼玉の大宮まで、東京は恐くて来れなかった、と(笑)。それで満を辞して社会人で東京に来たので、当時は死ぬほど尖っていたんですよね。 梅田: 東京のヤツらには負けんぞ、と(笑)。岸上さんの大学時代からソフトバンクに入社するあたりってVRの状況はどんな感じでしたか? 岸上: 僕がVRをやりはじめたきっかけは大学の寮に住んでいた後輩の影響なんです。その後輩は中学時代からVRを研究していた変態だったんですけど…。 梅田: えっ、VRってそんなに昔からありましたっけ? 岸上: いや、当時はまったく流行っていなかったです。そんな状況でも中学から研究しているというバリバリの理系の後輩と出会って、僕も変人が好きだったので彼と仲良くなって(笑)。そうこうしているうちにOculusが出てきました。Oculusのキックスターターが始まったのが2012年、製品版のリリースは2016年で僕が起業したタイミングでしたが、僕は開発機版のときに手に入れて触っていましたね。 梅田: まだVRが出てきていないときに起業しようと思ったきっかけは何だったんですか? 岸上: そもそも起業しようとはまったく思っていなかったんです。でも就活をして、自分はまともな社会人にはなれないな…と気づいたんですよ。 梅田: それはなぜですか? 岸上: 面接をしていても、相手に合わせた“普通のこと”が言えないんですよね。当時はお金を節約していたこともあって、日清の面接を受けるとカップヌードルがもらえると聞いて、それ欲しさ受けに行ったり…(笑)。そんなレベルで就活をしているなかでVRと出会ったんです。将来、自分の会社でVRをやるのはありだな、と。 梅田: じゃあ入る段階ですでに起業するつもりだったんですね。ソフトバンクには何年在籍したんですか? 岸上: 1年ですね。2015年の当時、「来年(2016年)はVR元年」になると言われていたんです。OculusとPlayStation VRがリリースされて、これから一気に普及するぞ、と。このタイミングで起業しないでいつするんだ、と焚き付けられたような気がして起業したんですが、結果的に「元年」にはならず、苦労することになりました(笑)。 梅田: 実際の「VR元年」って岸上さんの感覚では何年なんですか? 岸上: それ以降、「来年がVR元年になる」と言われ続けて、ボジョレーヌーボー化したんです。「来年こそがここ数年で一番のVR元年」と(笑)。実際の元年は2020年ですかね。 梅田: だいぶ後ですね(笑)。 岸上: Oculus RiftというPC向けのデバイスが2016年に出ましたが、スタンドアローン型のOculus Questが出たのが2019年でした。そこからやっと市場が立ち上がったイメージで、『TOKYO CHRONOS』を出したのもその頃でしたね。 ■「エンタメは甘くない」社運を賭けて生まれた『TOKYO CHRONOS』 梅田: 起業から『TOKYO CHRONOS』までの間は何をやっていたんですか? 岸上: ゲームではないものも含めてVR作品を作っていたんですけど、全然ヒットせず…。僕がディレクターをやった作品があまりにも不発で、千田から「お前は一生ディレクターをやるな」と言われて、チームから外されたこともあって(笑)。『TOKYO CHRONOS』までは金策に明け暮れていたり、三木一馬【※】さんに弟子入りして学びを得ていたりした時期でした。 梅田: 出資も受けていたと思うんですけど、当時の会社をワンセンテンスで表すとしたら何と説明していましたか? 岸上: 世界観とキャラクターがちゃんとしているVRゲームを作る会社、ですかね。あとVRゲームの市場が将来こうなるはずだという仮説を唱えていました。当時はプレイ時間が5~10分、長くても30分のアトラクション型のVRゲームばかりでしたが、いつか必ず物語性のあるVRゲームの時代がきますよ、と。 梅田: 『TOKYO CHRONOS』はまさに日本で初の物語性のあるVRゲームで、ある種金字塔ですよね。 岸上: 『TOKYO CHRONOS』は本当に人生を賭けて開発していましたし、外れたら会社は潰れていたかもしれません。それまではマックス1,000万円弱の予算規模でしか作ったことがなかったんですけど、『TOKYO CHRONOS』はいきなり7,000万円ぐらいの大勝負。当時はお金がなかったので、クラウドファンディングで2,000万円ぐらい集めて、そこからなんとか投資につなげて資金調達したんです。 梅田: なるほど。手応えはどうでしたか? 岸上: 『TOKYO CHRONOS』を作っているときに感じたのは、本当に面白いと思ってもらえるゲームは本気で作らないと無理だということです。いい意味で、エンタメって甘くねぇな、と。だから自分のレベルを超えている人と一緒にやらないと、面白いゲームは作れないと思ったんです。『TOKYO CHRONOS』のディレクターの柏倉(晴樹)やキャラクターデザインのLAMさんのような人ですね。 梅田: 「エンタメは甘くない」ということを岸上さんの年齢で気づけているのがすごいなと思います。 岸上: すでに娯楽はあふれているし、世の中に出ているほとんどのものは面白いんです。その中で戦うことになるで、どれだけ見て触ってもらえるか、どれだけ尖っているか、その尖りが本当に深く刺さるか…これに人生を賭けないと、エンタメの世界では死んでしまうな、と。身の丈に合わない予算と、身の丈に合わない規模でやらないと、世の中の人は見向きもしてくれないと痛感しましたね。 ■ロボットに乗り込むという夢を叶えたVRゲーム『ALTDEUS』 梅田: 『TOKYO CHRONOS』は話題になり、ヒットして『ALTDEUS: Beyond Chronos』につながるわけですけど、『ALTDEUS』はさらに予算をかけていますよね? 岸上: 『TOKYO CHRONOS』は異色の作品で、VRゲーム市場のコンテンツの平均単価が1000円ぐらいの時代に4000円で出したんです。プレイ時間も10時間ぐらいかかるし、VRゲームにありがちなジェットコースター性ではなく、物語性に振り切ったゲームでした。Facebook(現・Meta)は当初売れると思っていなかったみたいなんですけど、話題になったことで推してくれたんです。それでさらに売れて、MyDearestの初のヒットタイトルになりました。そんな経緯もあって、その年の東京ゲームショウにFacebookの担当者が来てくれて、Meta Quest 2が出るということを教えてもらったんです。そこで「ローンチタイトルを探しているから作らない?」というのが『ALTDEUS』のきっかけだったんです。 梅田: 『ALTDEUS』は本当に面白いんですけど、ロボットに乗り込むという男の子の夢を叶えるような体感がすごいな、と。ある意味、VRゲームのひとつの正解だったと思うんです。 岸上: 『TOKYO CHRONOS』の制作中に柏倉が『ALTDEUS』の構想を話しだしたんです。すごく面白そうと言ったら、柏倉が気持ちの込もったクリエイターらしい資料を急に書いてきて……。 梅田: たまにありますよね、クリエイターらしい想いが込められた“想い書”(笑)。 岸上: VRって巨大なものにロマンがあると言われていて、ゲームの世界に入ってものを見上げるという体験は、平面では実現できないじゃないですか。“想い書”にもロボットのような大きなものを描いてあって、これはVRの表現として面白いな、と。 梅田: 僕は小学1年ぐらいのときに見たガンダムに乗り込む夢をいまだに覚えているんです。それと一緒だったんですよね、『ALTDEUS』は。だから本当にすげぇと思ったんですよ。もちろんストーリーありきなんですけど、ストーリーの中にロボットの発進シーンのような体験が必ずあって、すごく具現化されて物語に入り込める。 岸上: 柏倉が書いた企画書をより分かりやすくするために、千田も梅田さんと同じようなことを言っていました。ロボットに乗り込むという夢のような体験というのがすごく刺さるし、VRにマッチしている、と。 梅田: 千田さんもそのへんのカンがいいですね。 岸上: ありがたいことに業界の方や各社のゲームクリエイターにもプレイしてもらって、ロボットの乗り込むシーケンスが現時点のVRゲームの正解だと言われることが多いですね。 ■SwitchがあるからといってVRの表現が薄まっていてはダメ 梅田: 『ALTDEUS』の次が一緒にやった『DYSCHRONIA』ですよね。 岸上: 最初にVRとSwitch、両対応のゲームにしましょうと梅田さんから言われて驚きました。僕も結構突飛な発想をするほうですけど、そんな発想があるのか!? と。 梅田: 僕は『ALTDEUS』に関して結構熱狂的なファンで、他のVRゲームもプレイするんですけど、いまの日本の市場を見たときに、VRのデバイスを持っている人口と、Switchを持っている人口では100倍ぐらい差があるじゃないですか? 岸上: いや、500倍ぐらい違うと思いますよ(笑)。 梅田: そう、だからもったいないんですよね。『ALTDEUS』のようなめちゃくちゃ面白い体験はVRに特化することによって強みが伝わりやすいのは分かるんですけど、Switchにも最適化してユーザーの幅を広げたほうが絶対にいいと思ったんです。僕らはコンシューマーゲームを作るのが得意なので、それを一緒に開発できるんじゃないか、と。 岸上: 『DYSCHRONIA』を一緒にやってみて、梅田さんって想像以上にクリエイターを信じる人だと思いました。開発当初、「VRに振り切ってください」と言われて、またビックリしたんです。VRに振り切りすぎると、Switchへの最適化が大変じゃないですか。それでもVRとしての面白さを追求するべきだと言われて、クレイジーだな、と(笑)。 梅田: MyDearestさんが作る以上、SwitchがあるからといってVRの表現が薄まっていてはダメなんですよね。だから「VRだけを作っている感覚で作っていいですよ」と言ったと思います。それをできる限りSwitchに最適化して、Switchでも面白いゲームにするということが僕らのチャレンジでしたから。 岸上: VRとSwitchの体感はそもそも違うので、それぞれの一番いい体験を突き詰めている、というか。すごくいい意味で別のゲームの体感なんですよね。まあ、それが狂っているんですけどね(笑)。だって、もっとコスパがいい、あざといやり方もあったはずなんです。それをあえてしていない…これはマジですごいことだし、梅田さんたちと一緒にやって良かったと思いました。 梅田: 『DYSCHRONIA』は自分たちが関わっていなくても、普通に買ってプレイしたでしょうね。 岸上: 僕はプレミアムボックスを買っていたと思います(笑)。 ■「#メタバースくそくらえ」の真相と“謎Bロジック”への危機感 梅田: 岸上さんにもう少し突っ込んだ話を聞いてみたいんですけど、「#メタバースくそくらえ」【※】の件を教えてもらっていいですか。僕はすごく肯定的に受け取ったんです。ベンチャーキャピタルからお金を引っ張る概念としてのメタバースが世の中に広がりすぎているなか、MyDearestさんはメタバース会社でもあるけど、本質的にそれらとは違うと言いたかったんですよね? 岸上: 当時、僕らとは別の勢力が急にメタバースでお金の匂いをさせようとしていたんです。でも、メタバースだって本当に面白くないといけないし、本当に触り心地がいいものでないといけない……そのユーザー目線がまったく伴っていなかった流行だったので、そこに疑問符を投げかけたかったんですよ。 梅田: あと、MyDearestさんにとってVRやメタバースはあくまで手段であり、世界観やキャラクターを提供する会社であるとも言いたかったように感じました。一辺倒の“メタバース”という概念だけを売っているような、中身がない会社じゃないんだぞ、と。 岸上: ズバッといいますね(笑)。でもまあ、そういうことです。要するにビジネス目線だけのメタバースは一時期だけ投資家からお金が集まるかもしれないけど、それでは持続的でないし、結局ユーザー視点がゼロ。なんというか、僕らはVRゲームを作っているBtoCのベンチャー企業ですから。BtoCの厳しさってハンパないじゃないですか? 梅田: ハンパないですよ。ある意味、BtoCは狂ったものを狂ったように提供するしかなくて…。 岸上: C(カスタマー)がわざわざお金を払って、スキマ時間にプレイしてくれるなんてことはありえないと思ったほうがいい。BtoBにもいいところはいっぱいありますが、メタバースって本来はBtoCのジャンルで遊んでくれた方がどう盛り上がるかでしかないのに、BtoBの“謎Bロジック”を持ち込まれることに反論したい、というか。 梅田: 謎Bロジック(笑)。すごく同意ですし、ひとつも間違ってないと思います。メタバースも含めてですが、今後VR業界ってどうなっていくんですかね。 岸上: ハードの進化に関して、極論を言えばあとは値段だけだと思っていて。10月にMeta Quest 3が出たじゃないですか。これは結構大きなことで、Apple Vision Proで話題になったMR(複合現実)の機能を誰にでも届く価格にしたのがQuest 3というイメージなんです。MRって要するに現実とVRの融合ですよね。VRは閉じた世界でしたが、MRは現実の世界も見えているので、障壁がすごく下がったと思うんですよ。 梅田: 無茶な質問をしますけど、MyDearestさんはMRをどう使っていくんですか? 岸上: MRの良さは、プレイヤーたちの世界をゲームの世界に置き換えられることだと思います。『ポケモンGO』が街をゲームの世界にしたように、MRなら自分の部屋をゲームの世界にできてしまう。だから、その部屋という最小単位にMyDearestの世界観やキャラクターを組み合わせて広げたいとは思いますね。 梅田: ただ、僕の勝手な考えですが、MyDearestさんはVRのほうが向いている気がします。 岸上: そうですね。MRモノも作るかもしれませんが、本命はVRだと思っています。MRは自分の生活空間の延長なので、長時間対応できないんです。一方で、VRは世界を無限に作り込めるから長時間対応できる……つまり世界観やストーリーを作りやすい。ただ、MRは入り口としては最適なんです。 梅田: MRが広まればVRの人口も増える、と。 岸上: いまのVRはコアな人たちが楽しんでいるジャンルですが、これという入り口がないのでコアとライトな層が断絶している状態なんです。つまり現実かバーチャルしかなくて、ライトに楽しめる中間がない。そこにMRが入ってくるんじゃないか、と見ていますね。 梅田: 『スーパーマリオブラザーズ』で初めてファミコンを触った人が、しだいに『ドラクエ』や『FF』をやり込むようになる……という感じですね。 岸上: なんでも参入するためのとっかかりがいると思うんですけど、VRには『マリオ』がまだないのに、先行して『ドラクエ』や『FF』がある……という感じがするんです。 ■“遠そうで近い”可能性を秘めたJRPGと生成AIの相性 梅田: この連載でゲストのみなさんに聞いているのがAIについてなのですが、岸上さんに特に聞きたいのはVRとAIの関わり方。MyDearestさんはAIをどのように導入しようとしているのか、していないのか。 岸上: 僕らの世代ってAIが超好きでAI信奉者だと見られがちなんですけど、僕は中立ぐらいです。誰でもできるところをAIに任せることで、そこに手をかけなくてよくなるというのがメリット。ただ、AIは最大公約数で一番いいものを作るんですけど、結局コンテンツを作るときに大切なのは人間感というか、外れ値をどう出すかの勝負でもあるじゃないですか。 梅田: レバーパテに蜂蜜をかけてバケットに塗るこの料理も人間にしか思いつかないですからね(笑)。 岸上: この料理のように、思いもよらない組み合わせは人間が見つけるものだし、工数をかけないと生まれない。だから、ツールとしてAIを使うことで誰でもできることを減らして、人間しかできない作業をいかに人間がやるか…ですかね。 梅田: VRゲームを作るうえではストーリーのプロトタイピングみたいなところになるんですかね? 岸上: プロトタイピングは相性がよさそうですね。あとはNPC。AIによってセリフのパターンを用意してNPCがランダムにしゃべってくれたら、それはそれで面白いかもしれない。 梅田: ChatGPTにNPCのセリフを100個考えてと言ったらすぐ出てきますからね。 岸上: だからRPGの進化にはめちゃくちゃつながると思います。特にJRPGとの相性はめちゃくちゃいいですよね。 梅田: そうなんですよ。AIは物量に強いから、JRPGで膨大なNPCのセリフ量を作るのは向いている気がします。 岸上: ここぞのセリフは人間が作らないといけないんだけど、NPCってある程度自由度を保てるし、逆にヘンな反応を示したらそれはそれでゲームとしても面白い。JRPGとAIの相性は遠そうで近いというか、可能性はある気がしますね。 ■『DYSCHRONIA』は最後までやると情緒を壊すヤバいゲーム 梅田: 時間的にそろそろ最後の話題ですけど、今後MyDearestさんはどういう会社に進化していくんですか? 岸上: 僕はその人にしかない意見を言う尖ったクリエイターが何かを作るのが好きなんですよ。でも、そういう人って全員売れるわけじゃないじゃないですか。なんというか、いろんなクリエイターがウチの会社に入ったら、才能を発揮しやすい場になれればいいなと思っているということなんです。 梅田: クリエイターたちの“器”になりたい、と。今後の作品にも期待しています。 岸上: まずは『DYSCHRONIA』を買ってプレイしてほしいですけどね(笑)。僕の20代最後をこのゲームに捧げましたから。『DYSCHRONIA』はSwitchのミステリーアドベンチャーゲームとしてめちゃくちゃいいものになったと思うんですよ。Switch版には3部構成のエピソードが全部入っているんですけど、エピソード1にはミステリーアドベンチャーゲームだという敷居の低さがあると思います。ただ、エピソード2~3をやるとそのヤバさを感じるというか…。 梅田: そうですね(笑)。 岸上: 『DYSCHRONIA』はある意味でディストピアものなんです。夢から覚めたくない住民たちが、夢の中に眠り続けることで犯罪のない世界を求める、と。ネタバレない範囲で言うと、そんな中で夢から起きないといけない、絶望の明日を見ないといけない……という結構ヤバい話なんですよね。ストーリーとキャラクターが抱えているヤバさを体験して、情緒を壊してほしいんです(笑)。 梅田: たしかに、最後までプレイするといい意味で壊れますね。僕らはVRとSwitchを並行して動かすという新しいチャレンジとしてここまでたどり着きましたけど、そんな制作過程をハードルに感じず、Switch版を買う人はひとつのSwitchゲームとしてプレイしてほしいんですよね。 岸上: まさにそうですね。まずSwitchゲームとプレイしてもらえれば全然よくて、もしSwitchゲームとしてプレイして面白かったらVR版もあることを思い出してほしい…という感じです。 梅田: 買った人はぜひ最後までプレイしてほしいですね。どうか最後までプレイして判断してほしい…それは多くのゲームクリエイターが思っていることですけど。 岸上: いや、驚くと思いますよ。みなさんが「こうなるんでしょ?」と思っている展開とは絶対に違うという自信はあります。ヘタしたらプレイ中にSwitch落としちゃうんじゃないですか(笑)。 梅田: この記事が出る頃には発表されていますが、イザナギゲームズ とMyDearestとの共同の取り組みとして『DYSCHRONIA』に続いて『TOKYO CHRONOS』『ALTDEUS』のTwinPackがSwitchででますし、『TOKYO CHRONOS』の舞台も決まりました。これは、MyDearestさんの世界観をVRの中だけじゃなくて、もっと多くの人に届けたい、という僕の壮大な計画がひとつずつ実現されているんです。僕の中では『DYSCHRONIA』のあるシーンのように、『TOKYO CHRONOS』『ALTDEUS』に遡って、もっと広い世界に届けるというのが目的ですね。 岸上: いやぁ、最高のコメントですね。『DYSCHRONIA』をプレイした人には分かる泣けるコメントです。自分たちの作ったものがSwitchゲームになるなんて1ミリも思っていませんでしたから。なかなか商業的に成功せず、人生をかけて必死になっていた『TOKYO CHRONOS』を作っていたころに戻って教えてあげたいです(笑)。 ■[対談後記] 対談の中にもあったとおり、僕の知る中で岸上さんは最も「週刊少年ジャンプ」の主人公感がある人物なんですよ。経営者でプロデューサーという似た立場である私だから分かるところもあると思うのですが、無茶苦茶嫌なことをたくさんあつめて鍋にドバッと入れて煮込んだくらい凝縮されたようなできごとがたくさん起こるのですが、そんな中でもいつも岸上さんは笑顔で「なんとかなるさ!」って言っているイメージがあります。私よりかなり若い方ですが、正直そういうところを無茶苦茶尊敬していますし、岸上さんの頼みだったら聞くか…ってなってしまいます。でも、考えてみたら、私のお願いを聞いてもらっていることの方が多いか…(笑)。 このインタビュー記事が出る頃には、『DYSCHRONIA: Chronos Alternate』のSwitch版が発売され、さらに『TOKYO CHRONOS』『ALTDEUS: Beyond Chronos』のTwinPackのSwitch版が発表され、さらに『TOKYO CHRONOS』の朗読劇化も発表されていると思います。MyDearestさんの作品はキャラクターや世界観・物語としてもとても素晴らしいので、その部分をイザナギゲームズ としてもMyDearestさんと一緒により多くのプレイヤーの方々にお届けできると良いなと思っております。 このインタビューでは伝えきれないくらい、まっすぐで明るくて魅力的な岸上さんみたいな人こそがきっとVRの未来をより素晴らしいものにしてくれるのではないか? と思っています。
電ファミニコゲーマー:
【関連記事】
- ド派手な演出の新作1画面シューティング『XALADIA: Rise of the Space Pirates X2』発売開始。画面スクロールはなく、横移動と射撃のみでおびただしい量の敵を迎撃する
- 『Celeste』の「ストロベリーパイ」をモチーフにしたロケットペンダントが発売、作中の収集要素「ストロベリー」をデザイン。未リリース曲も収録のアナログ盤サントラも
- 『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』アニバーサリーコレクションが発売決定!公開30周年記念、ANNA SUIとの共同企画商品も
- 『バットマン』アーカムシリーズ3部作全部入りが943円と激安に。Steamにて最大90%引きとなるワーナー・ブラザースのパブリッシャーセールが開催中
- 『ラブライブ!』スピンオフのガチ過ぎるメトロイドヴァニア『幻日のヨハネ -BLAZE in the DEEPBLUE-』が発売。可愛いキャラに反してゴリゴリに充実した探索要素が待ち受ける