「ヒップホップ・ジャパンの時代」──Vol.7 tofubeats(後編)
日本のヒップホップ・シーンの盛り上がりを伝える短期連載。 第7回は、さまざまなジャンルを縦横無尽に飛び越えて活躍するtofubeats(トーフビーツ)が登場。ロングインタヴューを前後編にわたってお送りする、その後編。 【写真の記事を読む】日本のヒップホップ・シーンの盛り上がりを伝える短期連載。 第7回は、さまざまなジャンルを縦横無尽に飛び越えて活躍するtofubeats(トーフビーツ)が登場。ロングインタヴューを前後編にわたってお送りする、その後編。
ダンス・ミュージックとラップ
──tofubeatsは、ダンス・ミュージックとラップやヒップホップのあいだで創造性を発揮してきたし、ダンスフロアとライヴ文化の懸け橋になってきたプロデューサーですよね。近年は、いろんなダンス・ミュージックのサウンドでラップする人も増えました。どう感じていますか? 良いことだと捉えています。自分も去年DJ Qと出した『A440』でUKガラージのビートでラップしてもらうトライはしていて。たとえば、アマピアノとヒップホップが結びついたり、ラッパーの人がUKガラージっぽいものをオシャレなものとして再輸入したりすることで、そういう音楽が聴いてもらいやすくなってDJでもかけやすくなりますよね。UKガラージとかは昔からクラブで流れたり、流れなかったりしてきたけど、いまの若い世代のラッパーたちがアリとすることで、お客さんの偏見もなくなりますし。昔からDJとライヴのバラバラ問題はあるじゃないですか。 ──ライヴを観に来る人はDJで踊らず、DJで踊りに来た人はライヴを観ないで分離しちゃう問題ですね。 ダンス・ミュージックがラップと結びついた音楽がそこを繋ぐものになってくれたら良いとは思います。 ──現場の感覚としてはそれが大きいですよね。ご本人はどんな音楽を聴いていますか? 相変わらずUKの音楽は好きです。ご存じ、弊社マネージャー(CE$)がUKのラップ・ミュージックにアンテナを張っているところもあるので。ロード・ラップの超カルトなMIXCDとか出していましたし、いまも新鮮な情報が常に入ってきて。僕もグライムとかベース・ミュージック寄りのビート、ラップもブリティッシュっぽい英語のほうが好きで。あと、フォンクも好きですけど、最近はインターネット・ミュージックへ接近してナードな意匠がくっつきすぎて少し思ってたものとは違う感じも否めないかなと。とはいえスクリュー的なものはずっと大好き。 ──自身の楽曲の“SMILE”や“RIVER”のChopped and Screwed(チョップド・アンド・スクリュード)のリミックスも出しています。 自分の曲をよく遅くして聴いたりしていますし、「Chopped and Screwed」って入れるだけで、リスナーの人たちが「これがChopped & Screwedってものなんだ」と思うじゃないですか。ゲートウェイというか、自分を通じてさらに本格的な音楽に入ってもらいたいというのは意識しています。 ──かつては、日本国内のヒップホップにUKのヒップホップとかラップ・ミュージック的なものはなかなか浸透してこなかったと思うんです。それがいま、主にドリルを通じて広がっているようにも見える。もちろんドリルはシカゴのヒップホップがルーツでブルックリン・ドリルもありますし、UKだけのものではないですが。ドリルと日本語のラップの融合は起きていますよね。 ただ、いまの若いラッパーはドリルっぽいビートでラップを始めるだろうし、BPM140ぐらいのドリルは完全にテンプレ化して食傷気味になっている感じもありますね。 ドリルは最近のトレンドという感じで、どこまで行ってもヒップホップやラップのいち様式だとは思っていて。自分はそういうドリルよりグライムのほうが好きで。説明が難しいですけど、グライムはドリルよりもクラブ・ミュージック的な考え方に近くて、インストを変えて同じヴァースを蹴ったりする手法があったり、様式は似ていても考え方が違うように思うんですよね。そういうUKのクラブ・ミュージックがはたしていまの日本に浸透しているかと言われたらそんなことはない。UKの四つ打ちっぽいトラックとかでラップする人はまだぜんぜんいないと思うし。 ──なるほど。それはとても興味深い話ですね。 個人的な意見としては、ビートは同じ機械を使っているからそれなりに似たものが作れるけど、イギリス訛りの英語と日本語ラップが乗ったときの仕上がりはやっぱり違って。日本でUKのラップのノリを上手く咀嚼できている人がほとんどいないじゃないかと。僕が思うにはそれができているのはDEKISHIさんかなと。その一方で、ドリルのビートに日本語で独自の乗せ方をして新しいジャンルを開発できているかと言うと、それもまだないという気がしていて。 長く続けるのに大事なこと ──たとえば、ダンス・ミュージックとラップで言えば、今年出たMFSのアルバム『COMBO』は面白かったです。 あのアルバムからブレーンにCE$さんが入っていて、僕もあのアルバム収録曲ではないですが、新曲の“Don't”はレコーディングのサポートをしています ──あっ! そうだったんですか。 リンちゃん(MFS)自身がああいうダンス・ミュージックをやりたいというのもあったし、CE$さんとしてもおそらく、いまの国内のヒップホップにある枠を飛び越えたブッキングをしようという意識はあったと思います。そういうのは、他の要素を入れないと聴く側も気づけないじゃないですか。それでダンス・ミュージックの文脈を意識して、Stones Taroをプロデューサーとしてブッキングしたりしているんだと思う。僕は基本的にヒップホップのなかでそういうことをやる人が昔から好きで。ツボイさん(illicit tsuboi)もそうじゃないですか。 ──たしかに。 ツボイさんはいきなり誰も知らないようなチェコスロバキアの音楽をサンプリングして曲のなかに放り込んできたり。それによっていかに自分たちがアメリカの音楽ばかりをサンプリングしているかに気づかされる。そういうことがヒップホップの面白さだと思うし、自分もそういうのを模索してきましたし。 ──そんなtofubeatsが新しいアルバム『NOBODY』では思いっきりダンス・ミュージック、ハウスに振り切りました。 そうですね。今回に関してはちょっと古めかしいスタイルに戻ったというか、DJをやるモードに戻って来ているから、DJするときに使える曲を作りたくて。 ──コロナの状況が落ち着いてDJの現場が増えたのも関係していますか? コロナ禍の前、2019年ぐらいからDJをもっとやりたい、DJが上手くなりたいって言っていたけれど、2020年にコロナで止まっちゃって。クラブでDJをするときに当時のフォルダが出てきて、そう言えばDJがやりたかったんだと思い出して。「POP YOURS」がひと段落して、今後のDJの現場やライヴ・セットもダンス・ミュージック寄りに切り替えていますね。あとは、いまは全体的にすべてが短くなっているので長くしたいというのはあります。僕は基本的に天邪鬼で、いま流行っていないことをやれば尖っても見えますから(笑)。 ──ははは。短いというのは曲の長さのこと? それもありますし、DJは1時間とか90分やるわけだから、そこにもういちど慣れ直したいと思っていて。それこそ「POP YOURS」みたいなフェスでは20分のセットでヒット曲をギュウギュウに詰めてやるじゃないですか。あれはあれで、自分みたいな地方出身者の若者がフェスに行って、その日で全部観られるという意味ではめちゃ大事な機会だとは思うけど、アーティストがそれに慣れてしまうと日頃のイベントのライヴでは持たないじゃないですか。 ──そうですよね。そういう時間の短さは、音楽だけじゃなくて、消費されるスピードが急激に加速しているいまの時代の問題で。 長く音楽を続けるためには、そういうコスパ重視じゃないやり方をやって、マクロに考えることをやり直さないといけないと思っていますね。 ──いまの世の中は本当にコスパ重視だし、SNSでいかに瞬間的にバズるかに比重が置かれていますから。 でも、仕方ないですよ。ヒップホップのラッパーの人はどうしてもタレント的な側面があるのでそうならざるを得ない。音楽だけの原理で動いてないのは認めざるを得ないですから、そういうヒップホップの世界の処世術があるだろうなとは思います。地元や生き方みたいなストーリーテリングを普通の音楽よりも込められるのがヒップホップの長所であることは確実ですし、そこにフォーカスされるのは悪いことではないけど、自分はラッパーじゃなくて、プロデューサーだからそこにそんな興味ない(笑)。 ──ははは。ですね。好むと好まざるとに関わらず、ゴシップ的なものもヒップホップのいち要素であるのは認めざるを得ない。 バズはめっちゃ大事ではある。それがないとビジネスには乗せていけないから、定期的にそういうことがないといけないけど、やっている側がそこを内面化して飲まれちゃうとだめじゃないですか。バズやコスパ重視とどういう距離感で精神的に向き合うかは大事なんじゃないかなとは思います。だから、僕が自分の開けていない穴を開けに行く話もリスクを取っているというより、じつは長く続けるのに大事なことで。時間にたいしてもうちょっと長い目で見るのが今年、来年の課題ですね。それこそCE$さんに、『REFLECTION』が終わったらビートテープのようなリスニング・アルバムを作ってよってずっと言われていましたね。それとも通じる話で。常に作品としてパッケージして、インタヴューで作品の意図やコンセプトについて語るだけじゃなくて、もうちょっとBGMとしてダラッと聴けたり、何てことない時間に流せたりするような音楽が必要じゃないかと。でも、仮にそういうことをみんながやり出したら、やりたくないみたいになっちゃいますよね、僕は(笑)。何かがベタになったときに、今度は「誰がそれをぶち壊すんだ?」となるわけです。 tofubeats 神戸出身の音楽プロデューサー/DJ。学生時代から様々なアーティストのプロデュースや楽曲提供、楽曲のリミックスを行う。2013年4月に「水星 feat.オノマトペ大臣」を収録した自主制作アルバム「lost decade」を発売。同年11月には森高千里をゲストボーカルに迎えた「Don't Stop The Music」でワーナーミュージック・ジャパン内のレーベルunBORDEからメジャーデビュー。2022年のアルバム『REFLECTION』から約 2 年ぶりとなる新作EP『NOBODY』を今年4月にリリースした。 二木 信 ライター。ヒップホップを中心に執筆。単著に『しくじるなよ、ルーディ』、漢 a.k.a. GAMI著『ヒップホップ・ドリーム』の企画・構成を担当。
写真・池野詩織 文・二木 信 編集・高杉賢太郎 @ GQ