年収500万の公務員が「貧困取材」を受ける事情 発達障害者の生きづらさは「日本特有の人間関係」にある?
少しは生きづらさも解消されたのでは? 私が尋ねると、意外なことにシンイチさんは首を横に振る。そして「いったん壊れた人間関係は簡単には戻りません」とうなだれた。 ■自作の「私の取扱説明書」 診断後、職場で障害への「合理的配慮」を求めたこともあるが、上司からは「具体的に何をすればいいのかわからない」と言われた。ならばと、自身の困りごとなどをまとめた「私の取扱説明書」を作成してみたが、今度は支援団体の職員から「細かすぎて伝わらないのでは」と言われてしまった。
本当は同僚たちには研修などを通し、発達障害への理解を底上げしてほしい。ただ人手不足の公務職場では難しいだろう。迷った末、今は障害のことはオープンにしていない。 「これまでの数々の失敗を考えると、打ち明けても発達障害への負の印象が強まるだけなんじゃないかという心配もありました」とシンイチさん。結局たどり着いた答えは「私が定型発達者としての人格を身に付けるしかないんです」。 話はずれるが、シンイチさんは自治体の正規職員である。年収は約500万円。「公務員は失業給付が出ないのでクビになれば即無収入。私は中途採用なので退職金も100万円ほどです」と言うが、経済的に困窮しているわけではない。
■なぜ取材に応じようと思ったのか では、なぜシンイチさんは貧困がテーマの本連載の取材に応じようと思ったのか。理由を尋ねると、「人間関係が安定していると発達障害の特性からくる欠点って、かなり抑えられるんです」と言う。どういうことか。 シンイチさんによると、友人や同僚に恵まれた韓国では障害特性が原因のトラブルはなかった。また、仲のよい友達がいた小学校中学年のころだけは、教師からも「落ち着きが出てきた」と評されたという。そのうえで韓国での生活をこう振り返る。
「韓国人は不満もはっきり口にします。学生たちは私の授業に意見があるときは『わかりづらい』『おもしろくない』と直接言ってきたものです。(自分の行動に)問題があれば面と向かって批判もされましたが、後になって根に持たれることはありませんでした」 シンイチさんは多くを語らなかったが、少なくとも彼にとっては日本社会独特の人間関係の乏しさ、不寛容さが自身の生きづらさと関係していると、言いたいようだった。 私自身はプライベートで、韓国の友人と政治や社会の問題について話をすることがある。韓国にも陰口やいじめはあるので一概には言えない。ただ本音と建て前を使い分けがちな日本人のコミュニティーよりも、正面切っての意見の対立をいとわない傾向のある韓国人との関係のほうが居心地がよいと感じることは、正直ある。
「発達障害者が生きづらいかどうかは、結局人間関係次第だと思うんです」とシンイチさんは繰り返す。それゆえに「これからも“普通の人”を装って独りで生きていくしかないんです」とも。シンイチさんに悲壮な覚悟を強いるのは何か。その正体を思うと、私も息苦しさを覚えた。 本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 :ジャーナリスト