『カラーパープル』の舞台は南北戦争から50年後。1985年版は、スピルバーグが無冠に終わった、まさかの作品
◆彼らの芸術は特別なもの 普通なら見るのも辛くなる展開だが、ミュージカル版では妹ネティとの幸せな時間を彩る美しい音楽や、やがて現れるパワフルな女たちの歌がこの作品を見事なエンターテインメントにしている。 その合間には父親に乱暴されそうになってセリーを頼ってきたネティをまたミスターが狙い、拒まれて逆上。ネティを追い出したり、その後セリーに届いたネティの手紙を隠し続けたり。酷いことが満載なのだが、引き込まれて見てしまうのは、この映画の力である。 しかし、アメリカの黒人社会の凄絶な歴史を知らないと、日本人には「遠すぎる話」になるかもしれない。 簡単に説明するが、アメリカに売られた黒人の悲劇は15世紀ごろに始まる。「奴隷海岸」と言われるアフリカ西部の大西洋岸で多くの黒人が捕らえられ、新大陸アメリカに奴隷として送られたのだ。 この歴史はA・ヘイリー原作のテレビシリーズ『ROOTS』に詳しく描かれているので、ぜひご覧いただきたい。「奴隷に人権なし」の辛すぎる生活は19世紀の南北戦争まで400年近く続いた。 余りにも過重な労働をこなすために歌った曲がブルースとなり、教会ではゴスペルが生まれ、後にジャズや独特のダンスとなっていく。彼らの芸術は実にパワフルで魅力的だが、悲惨な差別や労働を耐え抜き、闘って権利を勝ち取った歴史の賜だ。だから安易に真似しようとしてもできない。そのくらい特別なもの。
◆完全に独立と自由を勝ち得たわけではない それでも15世紀以降の「完全なモノ扱い」から、彼らは少しずつ白人社会と友好的な関係を築いていく。 そんな空気を描くのは『風と共に去りぬ』。主人公スカーレットにため口をきく女奴隷マミーは、ちゃんと人間として扱われているし、マミーを演じたハティ・マクダニエルは、黒人で初めてアカデミー賞を受賞している。逆に言えば1940年まで、黒人俳優には栄誉は与えられなかった。 奴隷解放戦争でもある南北戦争は1861~1865年。19世紀中ごろにやっと奴隷解放の機運が高まった訳だが、黒人が完全に独立と自由を勝ち得たわけではない。 『カラーパープル』の舞台は南北戦争から50年後の1900年代(20世紀)初頭。形だけ解放されたものの、彼らは「黒人しかいない町」で暮らし、白人社会とは隔絶している。 白人からの差別は根強く、私の大好きなソフィアは、白人の市長の嫁に「メイドにならない?」と言われて断り、その侮辱にお得意の「平手」で応えたため、6年も投獄される。抵抗も大切だが、相手を間違うと人生台無しである。(涙) そんな社会の圧力を小さいうちから体で覚えさせられた主人公セリーが、「生き延びるためには逆らわない」態度を身に付けたのも仕方がないと思えてくる。実際、私の母もそんな人だった。「女の人生は不幸で当たり前」と思い込み、どんなに父に殴られても離婚出来なかった。 私はそんな母に「やる気になれば自立し、離婚できるはずだ」と言い続けた。大人になってからは、実行してみせたくて、家を出て漫画家になった。 が、母は自分にできなかったことを成し遂げた娘を決して褒めなかった。認めてしまえば「我慢が人生」と耐えてきた自分の人生が無駄になってしまうからだろう。それは彼女の精一杯の保身だったと今は思う。
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