インフォーマル部門はアフリカ工業化の希望となるか?(下-3)家具製造業編
その上から布を張り付けて、背もたれを仕上げる(【写真8】参照)。
【写真9】はほぼ完成した一人掛け用ソファだが、商品として売るためには、もちろんお尻の下に敷く、クッションが必要である。これは別の業者がオーナーのデザインに合わせて作った四角い布の袋に厚いスポンジを入れてクッションを作って座面に置く。完成したソファを販売業者に手渡して、手間賃をもらう。 なお、ウルマで一つだけ、製造から販売までを一貫して手がけるタンス・食器棚の事業者に出会った。この事業者は企業としてフォーマル化しており、オーナーは高校卒業後に職業訓練学校で3年間学んで専門的な加工技術を学んでいた。高い学歴の経営者が率いる企業ほど、フォーマル化し、事業を大きくしやすいというのは道路建設事業の場合と同じである。 ソファの製造、流通には、広範な顧客に加えて、木材の流通・貿易業者、木材の加工業者、フレームの製造業者、ソファそのものの仕上げ職人、そして販売業者、またデザイナーとそのデザインに従って外装の布を作る職人など実に多くの人々が関わっている。木材は周辺諸国産、また釘は中国製と、そのサプライチェーンは国外にも広がっている。もうひとつ重要なのは、廃材や古布・古着の利用であり、これはソファの価格を抑えることにつながっているとともに、資源のリサイクルにも役立っている。このように、ソファの製造と販売一つをとっても、その根はケニアの社会の内外に広く及んでいるのである。
インフォーマルなものづくりの希望と弱さ
以上、縫製、道路建設、家具(ソファ)製造の3つのものづくりを見てきたが、フォーマル化した道路建設企業を除き、その多くはインフォーマルな事業者である。こうした事業者は、幅広いアフリカの庶民のニーズに応えている。仕立て屋、ソファ作り業者の場合は、アフリカ人だからこそ、色や柄のデザインの面で同じ国の顧客の嗜好をつかめるところも多いだろう。また、3種類の事業はミシンや電動ノコギリのような機械を使うものの、基本的には人々の労働を主な生産要素にしている。家具業者の用いる一部の木材や釘のように輸入品もあるが、礫質土や工事現場の廃材、古布・古着などのように現地で入手できる資材を使って生産され、廃品利用の役割も担っている。これらの意味で、フォーマルな製造業企業と異なり、輸入品とも対抗し得る、アフリカの社会に広く深く根差した活動基盤を持っていると言えるだろう。 ただ、こうした事業者の弱さや問題点は、「インフォーマルなこと」そのものにある。路肩に並ぶ家具店やソファ職人たちがそうであるように、彼らは政府から認められた土地の所有権や使用権を持っていない。何らかの理由で正式な所有者から立ち退きを命じられたら、それに従うしかない不安定な立場にある。 縫製業者で見たように銀行から融資を受けることも難しく、今後の事業拡大という面からすれば、仲間内の貯蓄信用だけでは限界がある。道路建設事業者や家具事業者については、リーダーの教育水準が高い場合ほどフォーマル化と事業拡大に成功していることを見たが、そのことはインフォーマルな事業者の大半には望めない。別の面から見ればアフリカの社会に横たわる教育水準の大きな格差が、インフォーマル事業者の発展に影を落としているわけである。 また、事業者が活動を発展させていくためには、メンバー間の信頼や協力関係が必要であり、有効であることは3つの事例からよく分かる。ただ、そのことは、構成員の広がりを親族・近親者や同じ民族の中に限ってしまうことにつながりかねない。そして、ケニアのように民族間のあつれきが深刻な社会では、それは庶民の間でも民族間の亀裂を大きくしてしまうかもしれない。また、近親者だけでグループ・企業を作ることは、能力に応じたメンバーの編成や事業規模の拡大という面では、限界を作り出すことになる。 次回では、ここで垣間見た民族間の亀裂、あつれき、対立に焦点の一つを当てながら、アフリカの政治と経済・開発の関係について考えてみることにしよう。 インフォーマル部門はアフリカ工業化の希望となるか?(下) <完> (京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・神戸大学名誉教授・高橋基樹) 専門は、アフリカ地域研究、開発経済学。主な著書に『開発と国家―アフリカ政治経済論序説―』(勁草書房)、『現代アフリカ経済論』(共編著、ミネルヴァ書房)など