【原油価格】第3次世界大戦の懸念でも市場の反応が鈍い理由、ロシアとウクライナのミサイル攻撃応酬の影響は限定的
■ ロシアとウクライナがミサイル攻撃の応酬 北海に位置するこの油田は2019年に操業を開始し、現在の生産量は日量75.5万バレルだ。16日に電気系統の故障で全面停止となったが、17日に復旧したことから、生産量は既に回復している。 一方、需要面では相変わらず中国の動向が思わしくない。 中国政府が発表した10月の原油処理量は前年比4.6%減の日量1402万バレルと7カ月連続で前年割れとなった。1~10月ベースでも前年の水準を下回っている。トランプ氏の関税政策が災いして中国の原油需要はさらに落ち込むとの見方も出ている。 米国でも需要期を過ぎたことからガソリン価格の下落傾向も鮮明になっている。 今週の原油市場は久しぶりにロシアの地政学リスクに反応した。 ウクライナはロシアの侵攻開始から1000日目に当たる19日、米国から供与された長距離地対地ミサイル「ATACMS」でロシア西部ブリャンスク州の軍事施設を攻撃したからだ。米国がロシア領内への攻撃をウクライナに容認してから初の攻撃となる。 これに対し、ロシアのプーチン大統領は核兵器を使用するための条件を示した「核抑止力の国家政策指針」の改定を承認し、核兵器の使用基準を緩和した。 ウクライナ軍はさらに20日、英国から供与された長距離ミサイル「ストームシャドー」でロシアを攻撃したのに対し、ロシアは21日に新型の極超音速中距離弾道ミサイル(核弾頭の搭載が可能)で応酬した(ウクライナはICBM(大陸間弾道ミサイル)であると発表)。 ロシアとウクライナ、欧米との緊張がかつてなく高まっており、「第3次世界大戦につながるのではないか」との懸念も生まれている。 だが、ロシアの石油関連施設は今のところ攻撃されておらず、原油価格がバレル当たり3ドルほどの上昇にとどまっている。
■ 中東では事態の悪化より沈静化の動きが優勢 トランプ氏の返り咲きで中東地域の地政学リスクも意識され始めているが、足元では沈静化の動きの方が優勢だ。 国際エネルギー機関(IEA)のグロッシ事務局長は20日、「イラン側が兵器級に近い濃度の濃縮ウランの貯蔵停止を無条件で誓約した」ことを明らかにした。イランの行動はトランプ氏に提示した和解の象徴だとみなされている。 イランからのシグナルを無視してトランプ次期政権が制裁を強化したとしても、イラン産原油の輸出先の約9割は中国だ。イランからの輸出量が大幅に減少したとしても、中国の原油需要は低迷しており、原油市場が混乱する可能性は低いだろう。 原油価格が反転する兆しが見えない中、OPECプラスの動向に注目が集まっている。 ロイター(11月20日付)は「OPECプラスが12月1日に開く閣僚級会合で有志国による自主減産(日量220万バレル)の縮小をさらに延期する可能性がある」と報じた。 原油価格を引き上げるためには大幅な減産が必要だが、アラブ首長国連邦(UAE)など一部の加盟国は増産する意向が強いため、合意を取り付けるのは極めて困難だ。自主減産の縮小延期の決定すら危ういかもしれない。 サウジアラビアが主導する形でOPECプラスはこれまで原油価格の下支えに取り組んできたが、堪忍袋の緒が切れるのは時間の問題なのではないだろうか。 藤 和彦(ふじ・かずひこ)経済産業研究所コンサルティング・フェロー 1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(エコノミック・インテリジェンス担当)。2016年から現職。著書に『日露エネルギー同盟』『シェール革命の正体 ロシアの天然ガスが日本を救う』ほか多数。
藤 和彦