両腕で歩くミャンマーの牧師と合気道開祖の「最後の内弟子」 Vol.12
まさに「地獄」の様相を呈している――2021年に発生した軍部によるクーデター以降、ミャンマーでは軍事政権の国軍(ミャンマー軍)と、軍事組織としてのKNLAを有するKNU(カレン民族同盟)やカチン州、シャン州、カヤ州などの武装勢力が組織した反政府(反軍事政権)の連合的武装組織PDFの戦闘が激化している。今年に入り、軍事政権はついに18歳以上の国民を徴兵するとまで発表した。 2024年現在、ミャンマーに向けられる視線は「反民主的な軍事政権VS民主化を求めるレジスタンス的武装勢力」の構図一色に塗りつぶされているが、はたしてクーデターが発生する前のミャンマー、そのディテールに目を向けていた者がどれほどいただろうか。 本連載は、今では顧みられることもなくなったいくつかの出来事と、ふたつの腕で身体を引きずるように歩くカレン族の牧師を支えた日本人武道家を紹介するささやかな記録である。
タコラン村
DKBAの取材は後味の良いものではなかったが、丸2日かけてヤンゴンに戻ると、破顔したクロエが待っていた。その手には、パスポートの引換証。彼女はついに「国民」になったのだ。あの村で生まれたときからどんな国家にも属していなかった彼女は、ミャンマーを捨てるためだけに「ミャンマー人」になった。 その日、ビルマ族の協力者の家でお祝いの宴が開かれた。取材班は痛飲したが、仏教徒のビルマ族とキリスト教徒のカレン族、〈イギリス人の組織〉のメンバーたちのほとんどは、酒を飲まなかった。 「現物を受け取るまで、あと4日。どこかその間に行きたい場所はあるかい?」 取材班のひとりが尋ねた。パスポートを受け取った後、クロエは〈イギリス人たちの組織〉が主催する、約半年間に及ぶ研修プログラムに参加せねばならないため、自由を満喫できるのは、パスポートの現物を受け取るまで。明日からの3日間だけだ。 「タコラン村で暮らしている友達に会いたい」 クロエは言ったが、宴にいた者は誰ひとりとしてその村を知らなかった。しかし、クロエの手帳には正確な住所がメモされていた。その住所によれば、タコラン村はミャンマーではなく、タイ側に存在しているようだった。バンコクの郊外である。 「タイ側の集落なら問題ない。パスポートを受け取ったら、施設に帰る前に寄ろう」 〈イギリス人の組織〉のメンバーが言った。