恐ろしい”ロシア政府”からの逃亡を図った親子を”絶望”に陥れた「過酷すぎる道のり」
最後の水
湿った地面から起き上がり、つまずきながら前へ駆けた。 「早く、もっと早く」 アントンがわたしたちを急き立てた。 300メートルほど進み、息を整えるために立ち止まった。 「ママ、お水ちょうだい」 スニーカーの泥を振り落としながらアリーナが言った。 ペットボトルの底に残っていた2口分の最後の水をアリーナにやった。
最後の力を使い果たし……
さらに4時間が経った。この間わたしたちはずっと、トラクターに見つからないように、耕された畑を縫うように進んだ。前方に深い森があらわれ、水平線の左のほうに、村の灯りが見えた。 「アントン、畑の中を、700メートルじゃなくて、もう5キロは歩いたと思うんだけど」 わたしはいぶかしく思って聞いた。 「どこへ連れてきたの?」 「お嬢さん方、頑張ってくれ」 苦しそうに息をしながらアントンが小声で言った。 「俺だってキツイんだ。あんたたちのスーツケースを2つ、持ってるんだから。そら、あそこだ」 アントンは森のほうを指さした。 けれどもわたしたちは最後の力を使い果たし、アントンの呼びかけに応えることもできず、身動きすらできなかった。 「モスクワに帰して」 アリーナがメソメソと言った。 「足が痛い」 「もう一歩歩くより刑務所に行くほうがましだわ」 内心でわたしは叫んだ。 頭の中で、最悪の事態を思い描いた。もしわたしかアリーナが闇の中でこのまま足でも折ろうものなら、夜明けまでにはここを抜けられなくなる。そうなれば朝には国境警備兵に捕まってしまうだろう。モスクワでの何不自由ない生活の後でわたしの身に起きたことは、終わりのないホラー映画のようだった。目を覚ませば、すべて消えてしまうように思えた。 『“ロシア政府”に見つかれば終わり...電波の届かない国境付近で繰り広げられた生死を賭けた「緊迫の脱国劇」』へ続く
マリーナ・オフシャンニコワ
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