江戸時代のマネー東西比較 江戸はその日暮らし 大坂は西鶴が倹約のススメ
大坂の西鶴が説いた、町民のためのマネー論とは?
一方、江戸・元禄に活躍した大坂の俳人・浮世草子作家である井原西鶴(さいかく)は、『日本永代蔵』という日本最古の経済小説を書きました。ほとんど無一文の町民が大金持ちになるという短編からなるサクセス・ストーリーの数々には、今に通じるお金持ちになる心得がつづられています。 「金銀を溜(た)むべし、二親(ふたおや)の外(ほか)に命の親なり」とあり、二親つまり、命を与えてくれた父母を除けば、金銀は命の親だと述べられていて、金銀つまり、おかねは節約して貯めなければならない、と。 西鶴は命以外なら、おかねで買えないものはないと述べています。分限や長者(億万長者)になる王道としてまずは家業に励み、才覚と運を引き寄せるよう精進することが当り前だと述べています。では、そんなマネー論を語る西鶴は、膨大な富を手に入れて、いったい何をするつもりだったのでしょうか。 西鶴は同書の最終章「智恵をはかる八十八の枡掻(ますかき)」では、当時の大坂では大規模な新商売で身代を仕上げた鴻池氏、住友氏、吉野家など商人が多く、また京には代々続く名家の大分限も少なくありませんでした。しかし、そうなれなくとも、親子孫の三世代がお金に困らずそれなりに楽しく暮らせる程度の富を持つことをまずは目指そう、と述べられています。それが永代にわたり続いていくのが、町民にとって理想の分限・長者像だというのです。 では、江戸時代の人たちはどのようにおかねを貯めたのでしょうか。実は次回ふれる予定の貨幣に答えがあります。江戸時代、おかねというと、金貨である小判を思いつきますが、金貨以外にも銀貨、そして銭つまり銅銭がありました。この金貨、銀貨、銭という3つの通貨が同時に使われていたのです。おかねを貯めるということは、まずは銭を貯めます。そして、貯まったおかねを銀貨や金貨に交換、つまり為替です。この銀貨や金貨を元手にお金を貸し、当然利息を得ることができます。江戸時代は、通貨を通じておかねを貯めてそして増やしていました。堅実そのものと言えます。 ファイナンシャルライター・瀧健 監修:井戸美枝 経済エッセイスト、社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー。著書に『専業主婦で儲ける!サラリーマン家計を破綻から救う、世界一シンプルな方法』(講談社+α新書)、『知ってトクする年金の疑問71』(集英社)など著書多数。最新刊に『ズボラな人のための確定拠出年金入門』(プレジデント社、1200円+税)がある。