「いい本は人を行動させる」……韓国の本を出版し続ける金承福さんの確信
『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』岸田奈美著(小学館文庫) 693円
アンテナを高くして、面白い本をいつも探している。それは、出版社「クオン」の仕事を始める前から、続けてきたことだ。「日本で面白いものがあると、韓国にいる友人の編集者に紹介してきました」
時には知人から本を薦められることもある。「他の人がいいと思う本は、私も読んでみる」。作家の岸田奈美さんのエッセーも、そうして出合った一冊だ。
作品でつづられるのは、〈ぜんぜん大丈夫じゃない〉日々のことだ。中学生の時に父は病気で急逝する。知的障害の弟と母の3人暮らしの中で、今度は母も病に倒れ、下半身まひになる。自身が心身の不調を患ったこともある。思うようにはいかない日々を、著者はユーモアをたっぷりとまぶしながら、軽妙につづっていく。
〈重い人生だから、せめて足どりくらいは軽くいたいんだ。 知らんけど〉
「最初は当事者文学だと思ったんです。けれど、すごく明るい」。作品を読みながら深く考えさせられた。
この本に触発されて、韓国の本を探す中で、キム・ウォニョンさんの自伝的エッセー『希望ではなく欲望』を見つけた。難病で車いすを使う作家は、弁護士、そしてパフォーマーとしても活躍する。自らの半生を含め、世間が認めてくれる「希望」ではなく、より大きな「欲望」について語る熱いメッセージは、心に響いた。「痛い言葉でした」
この作家の本を広く伝えようと、他の出版社の編集者2人に手紙を出して出版を持ちかけた。2022年11月にクオンから『希望ではなく欲望』が刊行されたのとほぼ同時期に、キムさんの本はほかの2社からも出版された。中でも、岸田さんの本を出した小学館は、『だれも私たちに「失格の烙印」を押すことはできない』を、様々な障害を持った人にも読みやすいように、電子書籍やオーディオブック、点字版など様々な形態で刊行する取り組みも行った。
「一冊の本が読んだ人の心を動かして、三つの本を仕掛けることになり、バリアフリーの本も出た。こうやって世界は良くなっていく。いい本は人に行動させる力があると、実感しています」。楽しいこと、面白いことを探しながら、いいサイクルを前向きに力強く回していく。(川村律文)(おわり)