浦井健治、「役が呼んでくれた」 主演の音楽劇「天保十二年のシェイクスピア」でダークヒーロー役
ミュージカル界で「プリンス」と呼ばれる俳優の一人であり、シェークスピア作品などストレートプレイでも着実にキャリアを重ねてきた浦井健治。東京・日生劇場で12月9日に開幕する祝祭音楽劇「天保十二年のシェイクスピア」では、ゆがんだ体と心を持つダークヒーローの「佐渡の三世次(みよじ)」役で主演する。明るく爽やかな浦井のイメージからすると意外なキャスティングだが、「役が呼んでくれた。役者冥利(みょうり)に尽きる」と素直に喜び、役づくりを深めている。 「天保十二年のシェイクスピア」は、劇作家の井上ひさしが、江戸時代の侠客(きょうかく)の抗争を題材にした講談「天保水滸伝」にシェークスピアの全37作品の要素を織り込んだ猥雑(わいざつ)なエネルギーに満ちた作品だ。1974年に初演され、2005年には故蜷川幸雄さんの演出でも上演されている。2020年に蜷川の愛弟子だった藤田俊太郎が演出を手掛け、浦井はハムレットやロミオを思わせる「きじるしの王次(おうじ)」役を演じた。 浦井は2009年に東京・新国立劇場で上演された「ヘンリー六世」3部作でシェークスピア劇に初挑戦し、紀伊國屋演劇賞個人賞や読売演劇大賞杉村春子賞を受賞。その後も同劇場のシェークスピアの歴史劇シリーズで、「リチャード三世」のヘンリー七世、「ヘンリー四世」と「ヘンリー五世」ではいずれもタイトルロールと、“王子系”の役どころを演じてきた。 これに対して、「天保十二年のシェイクスピア」の三世次は、リチャード三世や「オセロー」のイアーゴーを合わせたような悪党だ。「権力を得てのし上がっていく役を頂けるなんて思ってもいなかった」と浦井。オファーを受けてから数日考えた末、覚悟を決めた。「シェークスピアの役は、やりたくてもやりたい時にやれないというか、役がその時に演じ手を呼ぶ感覚がある気がしてならない。ようやくリチャード三世が自分を呼んでくれたんだなと思いました」 公演ポスターやチラシ用のビジュアル撮影で顔に醜い傷がある三世次役の特殊メークをしてもらうと、さらにイメージが膨らんだ。「自分の顔を鏡で見て恐ろしいな、と。普通に話していても裏があるんじゃないか、どれだけの苦悩があるのだろうかと、お客さまの想像力をかき立てる役なのだろうな」 物語の舞台は江戸末期の下総国清滝村。2軒の旅籠(はたご)を取り仕切る侠客、鰤(ぶり)の十兵衛(中村梅雀)は跡継ぎを決めるため、3人の娘に父への孝養を問う。美辞麗句を並べ立てて父に取り入った長女・お文(瀬奈じゅん)と次女・お里(土井ケイト)が後継者となり、三女・お光(唯月ふうか)はそれができず、家を出る。お文とお里が勢力争いを繰り広げる中、老婆のお告げにたきつけられた無宿者の佐渡の三世次が、村を手に入れる野望を抱いて暗躍。そこへ、渡世修業に出ていたお文の息子・きじるしの王次が、殺された父の無念を晴らそうと帰ってくる。 「王次も三世次も、時代を風刺する役割、もしくは時代を映す鏡として共存している役だと思っています」と浦井。物語の終盤で三世次は鏡に映った自分の姿を見せられる。「そのおぞましさや醜さ、自分は生まれてよかったのかという問いも含めて、井上さんは時代へのメッセージ、風刺、問い掛けを描いていると感じました」 前回公演では高橋一生が三世次を演じた。「すごく人間味があって冷静で、狂気というより理性に近いものを感じる三世次でした。一生さんが淡々と言ったせりふが重々しく聞こえ、そして軽々と人を殺す。衝撃的でした。三世次は人を殺しているのではなく、自分の内面を殺しているのだと感じました。王次としてどう対峙(たいじ)しようかという学びがあったので、今回はそれも踏まえて頑張っていけたら」 演出の藤田とは同世代だ。出会いは、蜷川さん演出のシェークスピア劇「シンベリン」(2012年)の稽古場だった。「蜷川さんの演出を受けている我々の前で、地べたに座って全部を吸収しようとしている貪欲な藤田さんを見ています。4年前も、この作品にすごく気合が入っていました」と浦井は振り返り、今回も全幅の信頼を置く。 前回の上演時、新型コロナウイルス感染症がまん延し始め、東京公演は千秋楽まで3公演を残して閉幕、大阪公演は全日程中止となった。公演中止の翌日に無観客で収録した舞台映像が当時の緊迫した空気を捉えている。「衝撃的でしたよね。お客さまがだんだん減っていって。王次は客席から登場するので、お客さまの不安や悲しみを、その背中から感じていました」 それだけに、今回の公演に懸ける思いは熱い。「4年越しに悲しみを昇華できる。(藤田演出の)初演を見られなかったお客さまが初演も感じてもらえるようなところまで、みんなで作っていきたいと思っています」(時事通信社・中村正子) ※ ※ ※ 公演は、東京・日生劇場で12月9日~29日、大阪・梅田芸術劇場で2025年1月5~7日、福岡・博多座で1月11~13日、富山・オーバード・ホールで1月18、19日、愛知県芸術劇場で1月25、26日。