前半と後半で見え方が変わる? 『地面師』を超えた…ドラマ史に残る名シーンとは? Netflix『極悪女王』徹底考察&評価
ゆりやんの芝居にみる大きな前フリ
ゆりやんレトリィバァに感じる子供のような純粋性が、気が弱いけど優しくてとてもプロレスラーには向いていると思えない少女・松本香とピッタリと合致していたのだ。 いや、むしろ明らかに「やりすぎなのでは?」と思ってしまうほど、前半の松本香パートは過剰で、どこか「ゆりやんのコント感」すらあった。ここからダンプ松本になる流れを知っているとはいえ、そこに至るまでのイメージがまったく沸かなかったのだ。 また、正直な話をすれば、前半の『極悪女王』の勢いは少し前に話題となった同じNetflixのドラマ『地面師たち』(2024)よりも弱い印象を持ってしまった。 唐田えりか演じる長与千種と、剛力彩芽演じるライオネス飛鳥のシスターフッド感はとても応えのあるものだったが、脳みその奥から興奮するような、ハリソン山中の言葉を借りるのであれば、「どんな快楽も及ばない、セックスよりもドラッグよりも気持ちの良いエクスタシーとスリルが味わえる」感覚にはまだ出会えていなかった。 しかしエピソード3の後半、松本香がダンプ松本に変貌する「あのシーン」を経てこの作品は最強、いや最凶のドラマへとなった。これまでのゆりやんのコント感は完全なる「フリ」だったことがわかる。別人としか言いようがないほどの変貌を遂げたゆりやんに震えが止まらなかったのだ。 ほかでもない、バラエティ番組などで自由奔放にボケを連発するゆりやんレトリィバァだからこそ、そしてその姿を我々視聴者が知っているからこそ、この前半と後半のギャップがより活きてくるのだ。 そうしてダンプ松本となった姿からは「芸人・ゆりやんレトリィバァ」が画面からいっさい消え去っている。
だらしない体型から「女子プロレスラー」の肉体へ
そして、ゆりやんの最も恐るべき点は「体つき」だ。 前半のだらしない、言葉を選ばずに言えばただ太っている体つきだったのが、後半では誰がどう見ても立派な「女子プロレスラーの肉体」に変化していたのだ。プロレスの技だけでなく、セリフの発声ひとつを取っても、パワー、スピード、キレ、全てがダンプ松本のそれだったのだ。 この変貌っぷりは、先のNetflix ドラマ『サンクチュアリ -聖域-』(2023)で主人公・猿桜を演じた一ノ瀬ワタルが、街のゴロツキ体型から鍛え上げられた力士の肉体に変化していくさまを思い出した。 数ヶ月で全てを撮り終えなければいけない地上波の連続ドラマでは決して表現することができない「鍛錬」の過程を、この『極悪女王』でも存分に味わうことができたのだ。もちろん、それはゆりやんレトリィバァだけでなく、女子プロレスラー役を演じた俳優全員にそう感じた。全員が命を削る覚悟で、役に、作品に向き合ったからこそ、ここまで熱のある作品になったのではないだろうか。 その過程を経て訪れるラスト、ダンプ松本の引退試合は間違いなく日本ドラマの歴史に残る最高のシーンとなった。 「ダンプ松本はもう終わりだ。松本香で戦う」 「うちらが強うなった姿、見せてやろうで」 と、肩を組んでリングを睨みつける2人の姿に全身が沸騰するほどの興奮と感動を覚えるだろう。全日本女子プロレスの公式YouTubeチャンネルに当時の試合動画がアップされているので、どれだけの再現度なのかぜひ見ていただきたい。 そしてその後に、ゆりやんの“吉本闇営業騒動”のインタビュー動画を検索し、そのギャップに震えていただきたい。 最後に、こんな最高のドラマの主役を演じたゆりやんレトリィバァには、これから心から調子のっちゃってほしい。 【著者プロフィール:かんそう】 2014年から、はてなブログにてカルチャーブログ「kansou」を運営。記事数は1000超、累計5000万アクセス。読者登録数は全はてなブログ内で6位の多さを誇る。クイック・ジャパン ウェブ、リアルサウンド テックなどの媒体でライター活動を行うほか、TBSラジオで初の冠番組『かんそうの感想フリースタイル』のパーソナリティも務め、2024年5月に初書籍『書けないんじゃない、考えてないだけ。』を出版した。
かんそう