青島と出会い、警察組織を変えようとした室井慎次…「踊る大捜査線」シリーズで描かれた葛藤と最新作の状況を整理
『室井慎次 敗れざる者』(公開中)と、『室井慎次 生き続ける者』(11月15日公開)の2部作で12年ぶりにスクリーンに帰ってくる「踊る大捜査線」シリーズ。とはいえ1998年から2012年までに作られた4本の「踊る大捜査線 THE MOVIE」をシリーズの本線とすれば、これは映画の『交渉人 真下正義』(05)や『容疑者 室井慎次』(05)、テレビスペシャルの「逃亡者 木島丈一郎」(05年放送)、「弁護士 灰島秀樹」(06年放送)などの路線に連なるスピンオフ作品“踊るレジェンド”ものの最新作である。 【写真を見る】無口で常に眉間にしわを寄せた室井慎次は、柳葉敏郎一代の当たり役(『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』) ■所轄の刑事、青島俊作とキャリア官僚、室井慎次とのドラマを描いてきた「踊る大捜査線」シリーズ 主人公は、柳葉敏郎演じる室井慎次。1997年に最初のテレビシリーズが始まった「踊る大捜査線」は、基本的なストーリーは事件の謎解きをしていく刑事ものだが、警察庁、警視庁で事件を指揮するキャリア官僚と、所轄の警察署で実際に捜査する刑事たちとの衝突を描き、風通しが悪い警察組織の縦割り社会を映しだしたところが画期的だった。 このドラマで所轄の刑事を代表するのが湾岸署で働く主人公の青島俊作(織田裕二)なら、キャリア官僚の“顔”として登場するのが室井慎次(初登場時は警視庁刑事部捜査第一課の管理官)。テレビドラマの第1話で、脱サラして交番勤務から念願の刑事になった青島の、特捜本部での初仕事が湾岸署に臨場してきた室井の運転手だった。 はじめは所轄の現状を知らず、刑事たちを手駒のように扱う室井だが、自分の正義感に忠実な青島の熱意ある行動に触れ、やがて彼と心を通わせるようになる。そして最終回で、室井は「捜査から政治を排除して、所轄と本庁の壁を取り払って、捜査員全員が信じたことをできるようにしたかった」と警察組織に関する自分の夢を青島に語り、青島もそのために組織のなかであなたはトップになってくれと、室井に希望を託した。同じ理想を共有した2人の、警察組織を変えるという約束。それがどのように果たされていくかが、以降の「踊る大捜査線」シリーズ全体の大きなテーマになっていった。 ■理想的なリーダーとして組織を率いた『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』 『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(03)では、湾岸署管内で連続殺人事件が発生する。犯人はリストラされたサラリーマンたちで構成された命令系統が存在しない個人の集団で、事件をトップダウンの指揮系統を駆使して解決しようとする管理官、沖田仁美(真矢ミキ)の方法論が通用しない。これに対して、後半で室井が彼女に代わって事件捜査の指揮を執るが、彼のやり方は所轄の刑事それぞれの情報を、役職や階級も無視してフルに活用していくというもの。現場の捜査員を信頼して行動するリーダーの室井を中心とする“組織”と、“個人”の集まりである犯罪者の戦いが描かれた。事件解決後、青島が放つ「リーダーが優秀なら、組織も悪くない」というセリフは、2人が理想に向かって一歩進んだことを思わせた。 ■組織改革審議委員会委員長に就任するも現在は故郷の秋田に戻った室井 その後、室井は北海道や広島に左遷された時代もあったが、順調に組織のなかで出世し、『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』(12)では、組織改革審議委員会委員長に就任。ついに警察組織を自ら変えるポジションに就いた。それから12年。新作映画の特報で室井はいま、故郷の秋田県に帰って無職であるという衝撃の事実が明かされる。 委員長に就任したあとの彼の経歴を見ると、5年後に警察庁長官官房審議官交通局担当へ異動し、2021年に同担当を退職している。そこから秋田に戻ったようだが、特報で警視庁長官補佐の坂村(升毅)が、「5年もやったんだから、もういいでしょう」と室井に言っている場面を見ても、彼の組織改革は思ったような成果を上げられなかったらしい。 ■過去シリーズに登場した重要人物も絡んでくる『室井慎次 敗れざる者/生き続ける者』 そして今回の2部作になるが、独身で秋田の田舎に1人で暮らす室井は、犯罪に絡んだ背景を持つ少年たちと生活を始め、そのことでも地元の人から疎まれている存在。さらには『踊る大捜査線 THE MOVIE』(98)に登場した猟奇的殺人犯で、『踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!』(10)では犯人を陰で操る黒幕でもあった日向真奈美(小泉今日子)の娘、杏(福本莉子)と出会い、室井は否応なく過去の事件と向き合うことになる。 日向真奈美は逮捕前、Webサイト「仮想殺人事件ファイル」を運営していて、このサイトを介して犯罪に無関係な人間を犯罪者に変貌させてしまう、カリスマ的犯罪者だった。『ヤツらを解放せよ!』の主犯、須川圭一(森廉)も彼女に感化されて罪を犯した1人。この時、再度捕まった彼女は「圭一はまだいるぞ。いたるところに」と青島に捨て台詞を残している。その真奈美の娘である杏も、室井と暮らす少年たちに言葉で影響を与える存在のようで、人の心を操る“最悪の個人犯罪者”である母親の血を受け継いだ杏と、かつて組織の力を信じて変えようとした室井との関係が見どころになる。果たされていない青島との約束、室井が警察を辞めなくてはならなかった理由、秋田まで追ってくる最悪の殺人犯、日向真奈美の影響力。様々な謎を孕んで、シリーズの新たな伝説が映しだされていく。 ■最新作では室井の人間臭い面も描かれる? 無口で常に眉間にしわを寄せた室井は、柳葉敏郎一代の当たり役だが、今回の2部作ではいつもと違った一面も確認できる。もともと室井の特技だったきりたんぽ鍋を少年たちに作ってみせる場面もあるし、彼らとの疑似親子的な関係によって、厳しいキャリア官僚であろうと努めていた時代にはない、室井の人間臭い魅力が見られそうだ。 柳葉は1980年代からトレンディドラマの俳優として人気を集めながら、秋田県人としてのローカル色を失わない親しみやすい人柄が魅力だった。この2部作では、室井のキャラクターと柳葉自身のイメージがより密接に重なり、一つになっている予感がある。そういう意味でも、室井慎次にとっても柳葉敏郎にとっても一つの集大成と言っていいのではないか。 現在、青島刑事がどうなっているかも気になるところだが、室井のいまを知ることで、シリーズの名物キャラクターのその後に、思いを馳せてみるのもおもしろい。恩田すみれ(深津絵里)や篠原夏美(内田有紀)は、いまなにをしているのか。それを思うと“踊るレジェンド”のスピンオフ映画は、これが新たな始まりになるかもしれない。 ※記事初出時、人物表記に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。 文/金澤誠