もはや70代で働くことは当たり前に…時にブラック、時にやりがい「ニッポンの老働」事情
いくつまで生きるかわからないこそ高まる、老後の不安。年金だけでは暮らせない今、高齢になっても働くのは常識という世の中になってきました。 【エッセイスト・酒井順子さんが、昭和史に残る名作から近年のベストセラーまで、あらゆる「老い本」を分析し、日本の高齢化社会や老いの精神史を鮮やかに解き明かしていく注目の新刊『老いを読む 老いを書く』(講談社現代新書)。本記事は同書より抜粋・編集したものです。】
増大する老後不安が、働く気運に
2010年代半ばは、日本人の老後の不安が暴発した時期だった。もちろん本の世界でも、不安が煽られるほどに、老いと金にまつわる本の出版の機運が盛り上がる。 ベストセラーとなり、映画化もされた垣谷美雨『老後の資金がありません』(2015年)は、50代後半の夫婦が主人公の小説である。夫は普通の会社員で妻はパート勤務という、一見平和な夫婦。それなりに貯蓄もあったのだが、娘の結婚、舅の葬儀、夫婦それぞれの失職という事態に次々と見舞われて、貯蓄は激減。老後の生活に暗雲がたれこめてきた時、夫婦はそれぞれどう対処していったのかが、描かれる。 この本が刊行されたのは、2015年(平成27)のこと。同年には藤田孝典『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』という本も売れ、「下流老人」は流行語大賞の候補にもなっている。 「婦人公論」でも2015年には、 「どこで差がつく?金持ち母さん、貧乏母さん」 と特集が組まれ、理想の老後に必要な貯蓄額などに対するアドバイスが記されるのだった。2010年(平成22)頃は、老後資金の具体的な金額を掲げて読者の興味を引いた同誌は、この頃になると、「あなたの心がけ次第で、老後に金持ちになるか貧乏になるかは決まる」と、読者の尻を叩いている。 「週刊現代」においても、NHKスペシャル「老人漂流社会 “老後破産”の現実」以降、老後と金の問題は欠かせない話題になっていく。 「70すぎて80すぎて、90すぎても安心して暮らせる『税金』『年金』『保険』の裏ワザ」 「70歳から損しないためにいま『やっておくこと』」 「年金だけで入れる全国優良老人ホームベスト300」 といった特集が、せっせと組まれた。 同誌では2018年(平成30)になると、 「毎月5万円稼げて、他人に感謝される 65歳からの『楽しい仕事』」 という特集が見られる。老後破産ショックから数年が経ち、「年金だけで暮らすことはできないのだから、働かなくてはならない」という気運が強まってきたようだ。 既に2012年(平成24)に高年齢者雇用安定法が改正され、65歳までの雇用延長が義務化されてはいた。しかし年金に対する不安が膨らみ、もしかすると百歳まで生きるかもしれないとなると、「少しでも稼がなくてはならない」という気持ちは募るのであり、この特集では、マンションの管理人、草野球の審判、運転代行、ペットシッターといった仕事が紹介されている。 たとえ少額であっても、収入を得るために老後も働き続けなくてはならない、との感覚は女性の方が早く持っていた模様で、「婦人公論」では2012年(平成24)に、「月数万円の収入で老後はこう変わる」との記事を掲載している。女性は非正規雇用者が多い分、定年を意識せずに「月数万円」の大切さを感じていたのだろう。 男であれ女であれ、年をとってもできる限り働き続けなくてはならない、と思う人が増えてきた日本。そうでないと生活ができず、またどこまで続くかわからない人生の暇つぶしもすることができないのだ。