「音楽で嘘をつかねばならない」ゴジラのテーマを作曲した伊福部昭の音楽が人々の心を掴んだワケ(レビュー)
映画『ゴジラ-1・0』が米アカデミー賞視覚効果賞を受賞し、4月には米ハリウッド製作の新作『ゴジラ×コング 新たなる帝国』が公開された。今やゴジラは世界中のスターだ。 伊福部昭の名を知らずとも「♫ドシラ ドシラ ドシラソラシドシラ」というあの有名なゴジラのテーマを知らない人はいないはず。世界中に響きわたるこの力強く摩訶不思議な旋律の作者こそ伊福部なのだ。 著者・片山杜秀は政治思想史研究者で音楽評論家。物心ついたばかりの幼少期より伊福部の音楽に親しみ、中学1年で尾山台にあった伊福部邸の門前まで“聖地巡礼”を敢行。大学に入ると伊福部に対面することを許され、以後、親しく付き合い、若くして伊福部の自伝準備のためのインタビューを任されるまでになった。自伝は完成しなかったものの今回の評伝は当時のインタビューに立脚したものだ。 北海道に生まれた伊福部が幼少の頃に近所で聴いた明笛の調べ、ギリヤーク人のトンクル、アイヌ音楽などの音楽的原体験から始まり、思考・作曲・映画・作品・人生……が豊かな直言で語られる。それは自由で躍動感があり深い。本書の扉に載る伊福部邸で語り合う伊福部と片山の写真からは、寛いだ中に静かな緊張感と温かさが感じられる一冊である。 映画監督である私は、怪獣や宇宙人のような存在をどのように表現するかはいつも悩むものだが、伊福部はそれについても明確に答える。 「はみ出るくらいに大きい設定ですし、しかし本当はそんなに大きくないのですから、ミニチュアとの対比でごまかしているのですから、音楽で嘘をつかねばならない。観客の心象を音楽で歪めて錯覚させるということです」 音楽を語りながら、これは映画の本質をも突いている。戦後10年も経たない昭和20年代の終わり、日本の怪獣映画の創成期に伊福部がこれを理解して作曲したからこそ、ゴジラというキャラクターは確立し、成長し、今日にいたるのである。 本書のタイトルでもある「大楽必易」は、純真さを求め「童心」と「無心」を追求した伊福部が愛した言葉である。それは「ありのままで出てきていて、ありのままで自然に聴いていられて、何も無理がない。(略)本当に響くか、響かないか」という音楽。真の芸術家である伊福部が求めるそれは、限りなく広く深い。だからこそ伊福部の音楽は我々の心を掴み、今も世界へと鳴り響くのであろう。 [レビュアー]八木毅(映画監督・作家) やぎ・たけし1967年東京都生まれ。早稲田大学卒。監督作品に映画『大決戦! 超ウルトラ8兄弟』。著書に『実相寺昭雄の冒険 創造と美学』『特撮黄金時代 円谷英二を継ぐもの』等。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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